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野茨の血族  作者: 髙津 央
第三章.ドブ

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72.停止

 「ッざけんな! 湖北語もわかんねー奴が王家の一員とか、国民ナメてんのか?!」

 「お前ッ! 黙れよ! コラ!」

 「すんません! すんません!」

 親戚二人が捕えようとするが、今度は軽快な動きで(かわ)す。


 「お前ら、何、(ひざまず)いてんだ! 立てよ! こいつ、アレだぞ!」

 親戚の手から逃げ回りながらも、政晶(まさあき)を罵ることを止めない。


 「第七王女が、魔力持ってねーオトコに股開いて作った、出来損ないのゴミ子孫だぞ!」


 政晶は、ほぼ初対面の青年が吐いた暴言に、足が(すく)んだ。

 この青年は、王女と会って言葉を交わしたことはないだろう。

 王女の姿を間近で見たことすらないかもしれない。

 少なくとも、第七王女……政晶の高祖母(こうそぼ)が、日之本帝国人の高祖父(こうそふ)と結婚した当時は、生まれていない。


 過去の出来事にどんな尾鰭(おひれ)がついて、王室の醜聞として伝わったのかは、わからない。


 政晶は、知らない人が、知らない内に、伝え聞いた話だけで、会ったこともない自分や高祖母(こうそぼ)を憎んでいることに、体の芯が凍った。


 「お前ら、王家の血を(けが)したゴミに頭下げてんなよ! 立てよ!」


 悪意なのか、敵意なのか、憎悪なのか、魔力なのか。

 彼の言葉は確かに力を持ち、政晶の胃は彼の声に呼応するように痛んだ。


 それでも若者たちは、困惑した顔を互いに見合わせるだけで、立ち上がろうとする者は一人も居ない。赤い蛇の娘も眉を(ひそ)めている。


 ひねた青年が言い(つの)るにつれ、彼が纏うヘドロが濃く厚く膨れ上がってゆく。

 「こいつもどうせ、力のないゴミだぞ! 立てよ! お前ら!」


 ……王様……あの人、ドブが()いなっとんやけど……


 〈表層に現れる穢れをどれだけ祓おうと、性根が曲がっておれば、あのようにすぐ元通りだ。どうする?〉


 ……あの人やのうて(あのひとではなくて)、周りの人らの迷惑やから、やります。ちょっとの間だけでも消せるんやんな? 手伝(てつど)うてくれますか?


 建国王は同意の思念を返し、(さや)を鳴らした。

 鍵の番人は、大の大人の追いかけっこを呆れ顔で眺めている。

 騎士たちが政晶の周りを固め、険しい目で青年の動きを追う。

 管理者は渋面を作って、ことの成り行きを見守っていた。


 政晶は吐き気を(こら)えながら、ゆっくりと剣を抜いた。

 〈身を斬らぬよう、気を付けよ。穢れのみ、断ち斬るのだ〉


 「鍵の番人さん、あの人にじっとしとってくれるように言うてもらえますか?」

 クロエの通訳を聞き、鍵の番人は返事の代わりに小声で呪文を唱えた。


 「図星突かれて逆ギレですか? あ、オレが何言ってるかわかんない?」

 何が彼をそこまで駆り立てるのか、抜き身を手にした政晶を見ても、(あざけ)ることを止めない。


 鍵の番人の術が発動する。杖で方向を示した魔力が、狙い(あやま)たず、ひねた青年に注がれる。足が唐突に動きを止めた。慣性で上半身が前にのめる。

 「てめぇ! 何しやがったッ?」


 追い付いた親戚が呆然と鍵の番人を見る。

 ひねた青年は体勢を立て直したが、足の裏が地面に貼り付き、微動だにしない。


 「何だよ、これッ? このチビ! オレに何しやがっ……」

 両腕がだらりと下がり、言葉が途切れる。

 青年は鍵の番人を睨み、口を叫びの形に留め、完全に動きを止めた。

 政晶が騎士たちの間を抜け、青年に近付く。


 三界の眼の視力を与えられた政晶には、青年の姿は見えなかった。ただ、人の背丈程のヘドロの塊が蠢いて視える。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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