71.昇天
……あの兄ちゃんを信じて待つんが人情なんやろけど……運が悪うて待ったなしやったら、イヤやしなぁ……
政晶は、ひねた青年と、鍵の番人と、主峰の心を順繰りに視た。
「これ……別に要らんこと、違うやんな?」
声に出しながら、柄に手を掛ける。建国王が、政晶にだけ認識できる声で同意を示す。
主峰の心が「負傷者」の肩を叩き、「また会おう」と声を掛けながら若者たちの間を歩く。
声を掛けられた者たちは、晴れやかな笑みを咲かせ、溶けるように淡い光となって、雲ひとつない夏空へ昇って逝く。
黒い靄は祭壇へ。
淡い光は大空へ。
混じり合うことなく、あるべき場所へ消えてゆく。
靄と光が飛び交う中、ヘドロを纏った青年と赤い大蛇を絡ませた娘は、何食わぬ顔で儀式が終わるのを待っていた。
「あのー……鍵の番人さん、その人らにちょっと待ってって言うてもろていいですか?」
クロエが訳すと、鍵の番人は首を傾げた。
政晶は慎重に言葉を選んで説明する。
「僕が言うより、偉い人に言うてもろた方がえぇかなって……あの、穢れが……がっちりくっついて、離れへん人がおるんですけど……」
鍵の番人は、若者たち一人一人に視線を向けた。
騎士たちとクロエも若者たちを見る。
「あの……ドブ被っとう男の人と、赤い蛇が巻きついとう女の人なんですけど、王様が、今やったらまだ、王様の剣で何とかなる言うてはるんで、僕も何とかしたいなぁ思て……」
「赤い蛇……? もう具現化しちゃってるんだ」
翻訳を聞いた〈雪丸〉が青褪めた。他の騎士たちにも緊張が走る。
……えっ……あの姐ちゃん、そんなヤバいん?
〈瘴気に触れれば、即座に三界の魔物と化す。嫉妬とは恐ろしいものだな〉
建国王が嘆息する。
鍵の番人は、政晶の手を引くと、大股で若者たちの中に入り、小声で訊いた。
「誰と誰?」
政晶は、赤い蛇の娘の傍らに寄り、掌で小さく示した。鍵の番人が頷く。次に、ひねた青年に近付く。
儀式はほぼ終わり、「負傷者」は一人残らず空に消えていた。
「何だ、お前? 何の用だよ」
ひねた青年が、汚い物を見る目で政晶を見降ろす。政晶はその見覚えのある威圧感に、一歩退いた。
……ヤンキーて、どこにでもおんねんなぁ……
「無礼者。このお方は王家の舞い手にあらせられる。この中に二人、成人の儀で祓えぬ程の穢れを抱えた者がいるとの仰せだ」
いつの間にか二人の隣に立っていた〈灯〉が、ひねた青年を遥かに上回る高圧的な態度で言い、睨みつけた。
他の者たちが一斉に跪く。
青年は突っ立ったまま、しまった、と言う顔をしたが、すぐに気を取り直し、せせら笑った。
「へぇ~え、王家の舞い手様ねぇ? さっきから全然、湖北語喋ってないみたいッスけど? ホントに王家の野茨の血族なんッスか? 騎士様、こいつに騙されてません?」
ズボンのポケットに両手を突っ込み、政晶を頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見る。
「城で私が直々に確認した」
鍵の番人が、杖の石突きで足元を軽く打った。
「そもそも、野茨の血族でなければ、建国王の剣に触れること能わぬ。そのようなつまらぬことばかり考えておるから、穢れが溜まるのだ」
「何だよ。チビの分際で偉そうに。何様のつもりだ?」
ひねた青年は鍵の番人を見下ろし、尚も虚勢を張る。
親戚二人がその膝裏を蹴り、頭を抑え込んで、力ずくで跪かせた。
「お前ッ! 見てわかれよバカ! つっ……杖、杖! 導師様だよ!」
「すんません! このバカには後でキツく言って聞かせますんで! ここは何とぞ……」
「何すんだコラ! 放せ!」
ひねた青年は二人を力任せに振り解き、傲然と立ち上がった。他の者たちは隣と顔を見合わせ、こちらを窺っている。




