69.騎士
朝食の後、外に出ると祭壇の前には、数十人の若者たちが荷物を持って集まっていた。
昨日、政晶たちと一緒に来た者の他、到着したばかりらしい若者たちが、息を弾ませている。
それより先に着いたらしい一団は、落ち着いてはいるが、魔獣に襲われたのか、負傷し、衣服も酷い状態だった。
「鍵の番人さん、あの人ら、治したらんでえぇのん?」
「私は体しか治せないよ」
「えっ」
一呼吸置いて、鍵の番人は政晶の疑問に気付いた。
「怪我してるのは、えっと……生きて……辿り着けなかった人たちで、体はもうないよ」
鍵の番人は言葉を選んで説明してくれたが、まさかと思った疑念を軽く肯定され、政晶は真冬に冷や水を浴びせられたように動けなくなった。
体に力を入れ、何とか震えを堪える。
〈道半ばで命を失おうとも、ここに辿り着けた者ならば害はない。心の重荷を降ろせば、輪廻の輪に還って行く〉
政晶は「負傷者」にそっと目を遣った。
皆一様に、何かを成し遂げたようなさっぱりした顔をしている。
〈ここに辿り着けなかったことが心残りで、この世に留まっておるからだ。後は成人の儀を受け、心の重荷を降ろせば、納得する〉
……心残り……
政晶は、母の最期の顔を思い出した。
何か心残りがあっただろうか。
何も残したくないと言った母に、亡霊になってまで為したいことがあっただろうか。
政晶は、胸の奥に小さな火で焙られたような痛みを感じ、その疑問を意識の奥底に沈めた。
「主峰よ」
宿の管理人が祭壇に向かって声を掛けた。
突然、管理者の傍らに青い火が現れた。
火は若者たちが見守る中、渦を巻きながら大きくなる。
青い渦が外に向かって解けながら消えた跡に、中年の男性が立っていた。
背が高く、筋骨逞しい偉丈夫だ。
騎士たちと同じ魔法の鎧に身を固め、政晶の背丈程もある大剣を背負っていた。
「若者たちよ、よくぞここまで辿り着いた」
ずしりと腹の底に響く低音。
大声ではないが、よく通る声が新たな成人を力強く励ます。
話の内容は、毎年テレビで流れる成人式のニュースで、市長などの偉い人がしている挨拶と、ほぼ同じ趣旨だった。
若者たちは、生者も死者も同様に、真剣な面持ちで傾聴している。
ニュースに出るようなバカ騒ぎをする者は、一人も居ない。
例の若者ですら、大人しく話を聞いている振りをしていた。
「……それでは、ここで心の澱を降ろして行け」
語り終えた主峰の心は、背中の大剣を片手で抜き、天に掲げた。場の緊張した空気に、政晶も無意識に背筋を伸ばす。




