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野茨の血族  作者: 髙津 央
第三章.ドブ

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66/93

66.ドブ☆

 挿絵(By みてみん)


 石畳の上はドブだった。

 何年も掃除していないドブの中身のような液状の何かが、(よど)んでいる。

 ガラスの水槽でもあるかのように、石畳から全くはみ出すことなく、政晶(まさあき)の腰の高さにまで溜まっていた。


 ドブ色の液の中に極彩色の生物の破片が見え隠れしている。明らかに人間の眼球とわかる物が、無数にドブ液の中を漂い、浮きつ沈みつしていた。

 臭いはないが、政晶は吐き気を堪えながら聞いた。


 ……これ……幻覚やんな? 王様、僕を驚かそうとして……


 〈夢でも幻でもない。現実にここに集められた山の穢れと、ここで引き剥がした若者の心の穢れだ。後二十日程で型を全て覚え、この中で剣舞を納め、これを祓うのだ〉

 「こん中、入んのッ? 咬まれへん?」

 思わず声に出し、注目を浴びた。


 若者たちは、初老の男性に挨拶していたが、怪訝(けげん)な顔をこちらに向けている。

 鍵の番人と騎士たちは話を中断し、心配そうな目で政晶を見、クロエを見た。

 クロエが訳すと、鍵の番人だけが何かわかったように(うなず)いた。


 政晶の目が、恋人と来た女性と、ひねた青年に釘づけになる。


 女性には赤い大蛇が幾重にも巻きついていた。

 娘の(もも)程の太さの蛇が、鎌首(かまくび)をもたげて周囲の人間を威嚇し、火のような舌を出している。


 ひねた青年には、祭壇の広場と同じ、不定形のドブ水が覆い被さっていた。

 生物のように蠢き、青年の体の表面を落ち着きなく這い回っている。


 「それ、他の人には視えないよ」

 鍵の番人の声で、現実に引き戻された気になったが、相変わらず、あれやこれは視えたままだ。

 その鍵の番人は、全身がぼんやり白く光っている。


 〈これが、三界の眼の視界だ。では、閉じるぞ〉

 唐突に、大蛇もドブ水も見えなくなり、鍵の番人の光も消えた。


 ……おっちゃんは、こんなもんがずーっと視えとったんか……(たま)らんなぁ……僕やったら、こんなんよう()えへんゎ。


 〈常に視える訳ではない。コツさえ覚えれば、三界の眼も肉眼同様に閉じられる。普段はそうしている筈だ〉


 ……あ、そうやんな。なんぼなんでも、ずーっとアレ視えとったら、イヤ過ぎるもんな……って言うか、視えへんだけで、アレずっとおるんやんな? あの人ら大丈夫なん?


 政晶は、初老の男性に続いて建物に入る若者たちを見た。

 恋人たちは楽しげに語らい、ひねた青年は、不満げな顔で皆の後に続く。

 足取りはしっかりしており、命に別条はなさそうだ。


 〈あれは本人の心の(うち)から湧き出た穢れだ。あの二人は特に酷いな。もう限界だろう〉


 ……限界って……超えたら、どないなってまうん?


 政晶の不安に、建国王はこともなげに答えた。

 〈あれに三界の魔物の瘴気(しょうき)が触れれば、あの者たちは新たな三界の魔物と化す。まぁ、程度の差こそあれ、あれは誰にでもあるものだがな〉

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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