66.ドブ☆
石畳の上はドブだった。
何年も掃除していないドブの中身のような液状の何かが、澱んでいる。
ガラスの水槽でもあるかのように、石畳から全くはみ出すことなく、政晶の腰の高さにまで溜まっていた。
ドブ色の液の中に極彩色の生物の破片が見え隠れしている。明らかに人間の眼球とわかる物が、無数にドブ液の中を漂い、浮きつ沈みつしていた。
臭いはないが、政晶は吐き気を堪えながら聞いた。
……これ……幻覚やんな? 王様、僕を驚かそうとして……
〈夢でも幻でもない。現実にここに集められた山の穢れと、ここで引き剥がした若者の心の穢れだ。後二十日程で型を全て覚え、この中で剣舞を納め、これを祓うのだ〉
「こん中、入んのッ? 咬まれへん?」
思わず声に出し、注目を浴びた。
若者たちは、初老の男性に挨拶していたが、怪訝な顔をこちらに向けている。
鍵の番人と騎士たちは話を中断し、心配そうな目で政晶を見、クロエを見た。
クロエが訳すと、鍵の番人だけが何かわかったように頷いた。
政晶の目が、恋人と来た女性と、ひねた青年に釘づけになる。
女性には赤い大蛇が幾重にも巻きついていた。
娘の腿程の太さの蛇が、鎌首をもたげて周囲の人間を威嚇し、火のような舌を出している。
ひねた青年には、祭壇の広場と同じ、不定形のドブ水が覆い被さっていた。
生物のように蠢き、青年の体の表面を落ち着きなく這い回っている。
「それ、他の人には視えないよ」
鍵の番人の声で、現実に引き戻された気になったが、相変わらず、あれやこれは視えたままだ。
その鍵の番人は、全身がぼんやり白く光っている。
〈これが、三界の眼の視界だ。では、閉じるぞ〉
唐突に、大蛇もドブ水も見えなくなり、鍵の番人の光も消えた。
……おっちゃんは、こんなもんがずーっと視えとったんか……堪らんなぁ……僕やったら、こんなんよう堪えへんゎ。
〈常に視える訳ではない。コツさえ覚えれば、三界の眼も肉眼同様に閉じられる。普段はそうしている筈だ〉
……あ、そうやんな。なんぼなんでも、ずーっとアレ視えとったら、イヤ過ぎるもんな……って言うか、視えへんだけで、アレずっとおるんやんな? あの人ら大丈夫なん?
政晶は、初老の男性に続いて建物に入る若者たちを見た。
恋人たちは楽しげに語らい、ひねた青年は、不満げな顔で皆の後に続く。
足取りはしっかりしており、命に別条はなさそうだ。
〈あれは本人の心の裡から湧き出た穢れだ。あの二人は特に酷いな。もう限界だろう〉
……限界って……超えたら、どないなってまうん?
政晶の不安に、建国王はこともなげに答えた。
〈あれに三界の魔物の瘴気が触れれば、あの者たちは新たな三界の魔物と化す。まぁ、程度の差こそあれ、あれは誰にでもあるものだがな〉




