64.救助☆
「クロエ、この人に乗ってる岩を持ち上げて、道の端に置いて」
「はい」
うら若い侍女の姿をした使い魔は、鍵の番人の命令に素直に従い、軽々と岩を移動した。
事情を知らない若者たちが、驚きに言葉を失う。
鍵の番人はそれに構わず、男の傍らにしゃがんで傷の具合を調べに掛かった。
血が地面を赤黒く染めていた。
男の左足と右腕が、見慣れない方向に曲がっている。肩の骨が砕けたのか、上着が不自然に凹んでいた。
即死しなかったのが不思議な程の重傷だ。
断続的に呻き声は洩れるが、呼び掛けへの応答はない。
鍵の番人は、男の肩に掌を押し当て、呪文を唱えた。
宿で使った童歌のような呪文とは全く異なる、重々しい響きの言葉が連なり、男の体に魔力が注ぎ込まれる。
詠唱が進むにつれ、あり得ない方向に曲がっていた手足が自然な状態に伸び、凹んでいた肩が本来の膨らみを取り戻す。
「もう大丈夫だよ」
鍵の番人が声を掛けると、身内の女性が男を助け起こした。
服は所々破れ、血と泥で汚れているが、体はすっかり元通りに復元されていた。
皆、口々に男の無事を喜び、騎士と鍵の番人に礼を述べる。
唯一人、ひねた青年だけがつまらなそうにそっぽを向いていた。
「あいつがトロくて、落石避けらんなかったのが悪いのに。何で助けてやんなきゃなんねーんだよ。あいつの血の臭いで魔獣が来たんだっつーの」
自分は剣を抜かず、魔獣に近付こうともしなかったことは棚に上げ、一人離れた所に立ち、「大体、こいつらが弱過ぎるのが悪いんじゃねーか。この程度の魔獣、オレなら一発で倒せるのに、騎士がでしゃばりやがって。こいつらが足手纏いだから」などと呟いている。
男女二人連れの男が、クロエを見て、傍らの恋人に同意を求めるように驚きを口にした。
「あのコ、華奢なのに、凄ぇよな」
「あんな怪力女の何がいいのよ。私が一番可愛いって言ってくれたの、嘘だったのッ?」
男は、突然怒り出した恋人に戸惑い、しどろもどろに説明する。
「えッ? 何怒ってんだよ。あー、ホラ、重力制御の術かもしれないし、それでも難しいし……って言うか、凄ぇって言っただけじゃないか。何怒ってんだよ」
「変わった服着てるし、しかもそれ似合ってるし、私より背が高いし、あっちのがいいと思ったんでしょ? でも、あんな変な恰好するくらいだもん、あんな女、どうせ目立ちたがりで自意識過剰で性格ブスに決まってんのに、なんで……」
後は涙声で何を言っているか聞きとれない。
「いや、だから、何泣いてんだよ? お前が一番可愛いと思ってるし、大事だし、これ終わったら名乗り合うって言ったろ? 何泣いてんだよ?」
「……別に」
女はむくれたまま、男の腕にしがみつき、頬を寄せた。
周りの者たちは、二人をニヤニヤ笑いながら見ている。
クロエはそんな騒ぎに全く無関心で、政晶の隣で待機していた。
「名乗り合うって言うのは、結婚するって意味だよ。この辺じゃ、家族以外に本当の名前は教えないからね。名前を教えて家族になるんだよ」
政晶が質問する前に、鍵の番人が先回りして説明する。
頷く政晶に、事情を知らない若者たちが首を傾げた。
▲鍵の番人が身に着けた【飛翔する梟】学派の徽章。呪医の証。




