63.戦い
程なく道の上、前方に魔獣が見えた。
数日前に見た灰色の獣とは全くの別種だ。
土色の毛に覆われた蛇のように長い体が、登山道を塞いでいる。
丸太よりも太い尾が、剣を持った青年たちを薙ぎ払った。一人が躱し損ね、地面に叩きつけられる。
魔獣は、人間を軽く一呑みにできる口を開け、鎌首をもたげた。
胴の腹側には、昆虫を思わせる足が多数生えている。
……蛇か百足かどっちかに……いや、いやいやいや、そんなん言うとう場合違う。早よあの人ら助けな。
〈落ち着け。汝は自身の安全を第一に考えよ〉
尾で打たれた青年とは、別の男が倒れている。
ひねた青年を諭していた親戚の一人だ。
落石に肩を押し潰され、呻いている。
他の親戚たちが岩をどかそうとしているが、男女五人掛かりでも、びくともしない。
ひねた青年は、道の脇でそれを傍観していた。
彼らと魔獣の間に、騒々しい青年たち三人が立ち塞がり、剣を構えている。地面に叩きつけられた青年が、剣を支えに立ち上がった。
恋人たちは震える声で互いに励まし合っている。
「舞い手さんはそこでじっとしてるんだ」
〈灯〉に手で制され、政晶は無言で頷いた。〈斧〉が政晶の傍らに残り、他の三人が剣を抜きながら魔獣に近付く。
鍵の番人とクロエは、政晶の横で魔獣を注視している。
「す……助太刀します」
〈雪〉の声は震えていたが、魔獣に睨まれ竦み上がっていた旅人たちは、安堵の色を浮かべた。
〈雪〉と〈灯〉が、倒れている男と魔獣の間に壁を展開する。
自分より小さい動物は餌と看做すのか、魔獣は逃げず、赤い舌をチロチロ出し入れして、新手の様子を伺っていた。
〈雪丸〉が短く呪文を唱えた。
斜面から無数の落ち葉が舞い上がり、魔獣に降り注ぐ。魔獣は怯み、首をくねらせた。
〈雪〉の右手が、見えない手で掴まれたように前へ出た。
剣を持つ手に引っ張られるように数歩よろめいたが、その後は自分の意思で、魔獣の右側に走り込む。同時に〈灯〉も左へ回り込んだ。
〈雪丸〉が別の呪文を唱え始める。
「あの……今の内にあの岩どけるん、手伝うたらあかんかな?」
「魔獣の排除が先だよ」
政晶が小声で申し出たが、鍵の番人に素っ気なく拒まれた。
青年たちも二手に分かれ、じりじりと魔獣の側面に回り込む。
魔獣の前に一人取り残された形になっても〈雪丸〉は動じることなく詠唱を続けている。
巨体に似合わぬ素早さで、魔獣が前へ動いた。
大きく開いた口が〈雪丸〉に迫る。
一拍早く術が完成し、〈雪丸〉は剣を横に薙いだ。
稲妻のように輝く網が細長く広がり、魔獣の頭部を捕える。
魔獣は輝く網に口を閉じ合わされたが、攻撃の勢いは衰えない。
〈雪丸〉は、ぎりぎりまで引きつけ、横に飛んで避けた。魔獣はその勢いのまま、顔を強か地面に打ち付ける。〈雪丸〉はそれに構わず〈雪〉の隣に走った。
百足のように節のある足が蠢いている。
無数の足に支えられ、地面から浮いた腹側には、毛が生えていなかった。鱗に覆われているが、軟らかく、騎士たちの剣が易々と切り裂く。
魔獣は、青緑色の血と腸を噴き出しながら、激しくのたうった。
輝く網に絡め捕られ、口は開けられなくなっているが、巨体の下敷きになればひとたまりもない。
〈灯〉が、青年たちを魔法の壁の後ろに退がらせる。
自分たちも警戒しつつ、苦痛にもがく魔獣から距離を取った。
政晶たちが固唾を飲んで見守る中、魔獣の動きは次第に鈍くなり、やがて動かなくなった。
鍵の番人が進み出て、杖の先で魔獣の頭に触れた。
網の術で縦横に傷を刻まれ、ピクリとも動かない。
小声で短い呪文を唱え、杖の先で一度、血塗れの頭を打つ。瞬く間もなく、魔獣の巨体が灰に変わる。
灰の中に拳大の赤い石がひとつ転がった。
「え……えぇッ?」
……そんな大技使えるんやったら、最初っから……
〈あれは死体を速やかに火葬する術だ。生きている内は効かん〉
……あぁ、なんや、そうなんや。
騎士たちが剣を納め、戻ってきた。〈雪丸〉が赤い石を拾う。
青年たちも道の脇に放り出していた荷物を拾って集まってきた。




