62.山道☆
休憩所より上の登山道は、丸太に代わって岩を階段状に埋め込んで整備されていた。
夏草や湿った土の匂いを胸いっぱい吸い込んで、曲がりくねった山道を登る。
不意に先頭を歩く〈斧〉が足を止めた。
「どなしたん?」
「さぁ? 血の臭いはしますが、何があったんでしょうね?」
クロエの返事に政晶も風の臭いを嗅いだ。
化け猫の嗅覚には敵わない。政晶には何もわからなかった。
騎士たちはいつでも抜けるよう、武器に手を掛け、慎重に歩き始めた。
微かに人の声が聞こえてきた。一行の足取りは更に注意深く、重くなる。
追い付いてきた一団が、訝しげに歩調を緩めた。
人声がはっきりと聞こえ、何かと争う物音も混じっている。騒々しい青年たちが何かと戦い、娘たちが悲鳴を上げていた。
九十九折りの登山道は見通しが利かず、様子はわからない。
「なぁ、早よ、助けに行かんでえぇの?」
「舞い手さんに何かある方が大変だからね。これも大人になる為の試練だよ。もしダメでも、それはそれまでの人ってことで……」
「えぇッ? そんな薄情な……!」
鍵の番人の冷淡な答えに政晶は戦慄した。
「情に流されて助けに行って、舞い手さんに何かあると、もっとたくさんの人が困ったことになるからね。勿論、生きていれば、見て見ぬフリなんてしないから、心配しないで。治療も救助もちゃんとするよ」
「それやったら早よ行こうな! あ、そうや、道通ったら遠回りやから、ここまっすぐ登って近道しよ! な!」
「山の木立の暗がりは、土着の魔物でいっぱいだよ。危ないから道を外れないでね」
鍵の番人が、にっこり微笑んで釘を刺す。
分け入ろうとしていた政晶は、立ち止まって斜面を見上げた。
夏の日差しは、生い茂った木々の葉に遮られ、昼なお暗い。
厚く降り積もった落ち葉と、下生えの陰性植物。朽ちた倒木。岩。藪。
この山の暗がりに、政晶の目には見えない無数の何かが蠢いている。
……お城出る時は、楽勝やけど気ぃ抜くな、みたいなこと言うとったのに、嘘やったんか?
〈全く何事もないなら、そもそも護衛なんぞ要らぬわ。確かに、汝を安心させる為の配慮も少しは入っておるが……何をどう解釈したのだ?〉
政晶は、自分が考える「安全」と、この国の「安全」の基準が、大きく異なっていると気付き、恥ずかしくなった。
ひとつ大きく息を吐き、前を向いて大股に歩きだす。
せめて早くその場所に着くように。
それまで彼らの命があるように。
政晶は祈る思いで、整備された登山道を進んだ。




