60.登山☆
朝霧に包まれた宿場町は、山へ向かう若者たちで既に活き活きと目覚めていた。いずれも、日のある内に山小屋を目指す。
安全な登山道を辿れば、三日で祭壇に着く。
政晶たち一行は宿に馬を預け、手分けして荷物を背負った。
馬は後で別の騎士が引き取りに来るらしい。政晶と鍵の番人も小さな荷物を受け持つ。
若者たちに続いて登山道に入った。
しっとり湿った道の両脇で、草の朝露が真珠のようにきらめいている。
昨日、遅くまで赤穂用の記録を書いていたせいで、政晶はまだ眠かった。
生気に満ちた夏の木々の匂いに次第に意識がはっきりしてくる。
木立の間に音が立つ。
政晶が朝靄の向こうに目を凝らすと、鹿の親子らしき影が、藪の向こうに姿を消した。
知らない鳥が何種類も啼き交わし、早朝の山は思ったより賑やかだ。
丸太が道幅と同じ長さに切り揃えられ、数歩置きに埋めてある。
階段状に整備された登山道は、歩きやすかった。
土の道は数多の若者に踏み固められ、長い歳月を経てすり減り、窪んでいる。
足に馴染んできた革の靴が、その上をしっかりと踏み締め、前に進む。
政晶たちの先を行く者はどんどん遠ざかり、後から来る者は次々と追い越して行く。
政晶は〈雪丸〉より荷物の分担が少ないことを申し訳なく思ったが、断られてしまい、それ以上強くは言えなかった。
だらだら続く上り坂を足下だけ見ながら歩くのは、思った以上に消耗するものだった。
鍵の番人は早々に「疲れた。クロエ、だっこ」と使い魔に抱き上げさせ、自分で歩くのを止めていた。
政晶は平地を走るのは得意だが、登山には慣れていない。
道は歩きやすく、荷物は軽いにも関わらず、昼前には疲れ切っていた。
いつの間にか朝靄は晴れていたが、体力の過信を思い知らされた足は重い。
腰の左に佩く建国王の剣が、殊更に重く感じられる。
建国王は、政晶の目を介して数年振りに山を見て、饒舌になっていた。
政晶に花や木の実、鳥の名を教え、食用と毒の区別、調理法や薬の調合方法などを詳細に語った。
山道を歩きながらでは、メモを取ることができない。
政晶は、忘れては勿体ないと、建国王の言葉に意識を集中させた。




