06.親戚☆
「政治! 一カ月も何処で何してたんだッ?」
「社長……よくぞご無事で……」
立っていた二人が、父に駆け寄ってきた。
一人は父と同じ顔に眼鏡を掛けている。
もう一人の初老の男性は、しきりに頷きながら涙ぐんでいた。
貴族の晩餐会でも催すような豪奢な食堂だった。
十数人掛けの長い食卓には、純白のテーブルクロスが掛けられ、銀の燭台に明かりが点っている。
食卓には一人、扉の正面の席に座っていた。父と同じ顔だが、病的に白い肌の男性だ。その背後に金髪の女性が控えている。
執事の姿はなかった。
「嫁が病気で亡くなって、色々大変だったんだ」
父は、同じ顔で怒っている眼鏡の弟に答えた。
「はッ? ヨメ? いつ、何処の誰と結婚したんだよッ?」
「大学一回生の時、商都の晶絵さんと」
「で、そこの縮小コピーは何だ?」
「見てわかれよ。俺の息子だよ。この春から二年生なんだ」
「へぇーえ……最近の小学二年生は、随分、発育がいいんだな?」
「見てわかれよ。中学生だよ、中学生」
「政治こそイヤミをわかれよ! お前が幾つの時の子だよッ?」
「結婚した次の年。二回生の時の子だよ。経済、理系なのに引き算もできないのか?」
「あーッ! もうッ!」
怒りを爆発させる眼鏡の次男に、初老の男性が、おずおずと声を掛ける。
「あ、あのー……部長? 社長のご結婚とお子さんの件……ご存知なかったんですか?」
「えッ? 元町さんは知ってるの? なんで?」
「あのー……手続き関係で……そのー……色々と……」
元町と呼ばれた初老の男性は困惑しきった顔で、社長と部長の間に視線を泳がせている。
「政晶って言うんだ。今日からここで暮らすから。政晶、何、そんなとこ突っ立ってんだ? 入ってこいよ」
政晶は大食堂前の廊下から、大人たちの遣り取りを呆然と見ていた。
……父さん……ツッコミ所、満載過ぎるやろ……
「どうせ部屋余ってんだし、いいだろ」
「まぁ、事情が事情みたいだし……反対はしないけど、突然過ぎるだろ」
「いいじゃないか、別に」
「良くない。……良くないのはお前の態度のことを言ってるんだ! 大体、何で丸一カ月、電話の一本も寄越さなかったんだッ?」
再び眼鏡の叔父……経済が声を荒げる。
父はどこ吹く風で、座っているもう一人の叔父に声を掛けた。
「宗教、黒江に荷物運ぶの、手伝わせてくれよ。レンタカー早く返しに行きたいんだ」
「うん、わかった。元町さん、僕、もう行ってもいい?」
「あ……は、はい。ありがとうございました」
……ここまでネタなし。ホンマに犬がおって、ホンマに家にAEDがあって、ホンマに社長で、ホンマに三つ子で、ホンマに女の子みたいな声のおっちゃんがおる。
宗教と呼ばれた叔父が、隣の席に立て掛けてあった長い杖を手に取る。
金髪の女性が手を添え、椅子から立ち上がる介助をした。
「政治! 答えろよ!」
「あーハイハイ、うるさいなーもー。ケータイ、部屋に忘れてったからだよ」
「GPSで追跡されないように置いてったんだろうが」
「疑り深い奴だなー。そんだけ焦ってたってだけだよ」
宗教は、父と経済の遣り取りに構わず、女性に付き添われて食堂から出てきた。右手に杖を持ち、左腕には黒猫を抱いている。
「政晶君……だっけ? お昼ご飯は?」
叔父二人は、身長も父とほぼ同じだった。
杖は叔父より頭ひとつ分高く、先端には黒山羊の頭部を模した飾りがついている。拳大だが、やけに生々しく、今にも動き出しそうだ。
「昼、まだだから、何か食わせてやって」
不気味な意匠の杖に魅入られている政晶に代わって、父が答えた。
「今! 話してるのは! 私! だ!」
「あーハイハイ、わかってるよ」
更に声を荒げる経済に父は軽く返す。
「お前のせいでこの一カ月どれだけ大変だったと思ってんだ!」
「あーハイハイ、ごめんなさいねー。あ、警察行ったりした?」
「宗教に探させて、取敢えず生きてることだけわかったから……」
「あまり大事にしますと、あのー……会社の信用にも関わりますんで……そのー……」
「あー、やっぱそうだよなー。ごめんごめん」
「そう思うんなら、せめて会社の番号調べて掛けてくるとか……」
介助の女性が扉を閉めると、中の声は全く聞こえなくなった。