58.成人
〈何だ、つまらん。そんなことか〉
文句を言いながらも、建国王は説明を始めた。
建国王の存命中は、成人の儀としてヒルトゥラ山に登る習慣はなかった。
一人前と看做される為の通過儀礼は、地域や家系毎に異なり、その年齢もまちまちだった。
現代の若者たちは、早い者で十五、六歳、遅くとも二十代の内にヒルトゥラ山の祭壇へ赴く。
いつの頃からそうなったのか、明確な時期は定かではない。
〈だが、何故そうなったのか、理由は知っておるぞ〉
……何でなん?
封印の一角を担う導師たちの一部は、人間の形を保っている。
人間として活動し、封印の術と歴史を伝え、能動的に結界を維持する為だ。
魂は封印に組み込まれているが、肉体はそうではない。
時が満ちれば古い肉体は朽ち、新しい肉体が用意される。
封印の導師たちが死ぬと、ムルティフローラ領内の何処かで直ちに転生する。不慮の事故で、肉体の寿命が尽きる前に死を迎えても同様だ。
転生直後から元の意識を保持しているが、基本的にある程度、成長するまでは持ち場に戻らず、正体を明かさぬまま、新たな肉体を提供した夫婦の子として養育される。
夫婦は何も知らずに「我が子」を育てる。
子供の姿で固定されている鍵の番人を除いて、導師は十五、六年その家に留まった後、肉体の提供者である夫婦に黙って家を出る。
概ね「一人前の力が付いたか確めに、主峰の祭壇へ行く。戻らなければ諦めるように」と言う趣旨の書置きは残して行く。
……えっ? 何でそんなことするん?
〈肉体の提供者に権利や権力を主張させぬ為だ。封印の導師は絶大な魔力を持ち、王族と対等に意見を交わし、時と場合によっては王族以上の権限を有する。それを利用したがる輩は、掃いて捨てる程おる。付け入る隙を与える訳にはゆかぬのだ〉
政晶は思わず、隣のちびっ子導師を見た。
王族以上の権力者は、果物を頬張っている。
棘のような突起のある赤い皮を剥き、中の白い果肉にかぶりつく。口の周りを甘い汁でべたべたにしている姿は、どう見ても年相応の子供だ。
〈鍵の番人は、それ以上育たんからな。そこまで育てば、何も告げずに左の塔へ戻る〉
……家の人心配するやん。こんなちっさい子、おらんようなったら近所の人も大騒ぎやろ?
〈幼子が魔獣に食われ、ある日突然、姿を消す。よくある話だ。暫くは探しもするが、やがて皆、諦める〉
……それも酷い話やなぁ……育ててくれた人らは、子供死んでもた思て、泣いたり後悔したりするやん。「目ぇ離さんかったらよかった」って。
〈やむを得まい。無用の権力争いを生まぬ為だ〉
「ん? これ、もっと要る?」
鍵の番人が、自分を見詰める政晶に気付き、赤い果物を差し出す。
政晶は無邪気な笑顔に思わず受け取り、最近覚えたばかりの湖北語で、たどたどしく礼を述べた。
鍵の番人は満面の笑みでそれに応え、三つ目の皮を剥きにかかった。
政晶は、他所の卓に目を戻し、瑞々しい果肉を口に含んだ。
……こんな可愛い坊や、急におらんようなったら、母親発狂もんやろ。せめて何か一言……無事に生きとうことくらい、教えたってもえぇん違うん?
〈必要な犠牲だ。情や私欲に流され権力を振るう方が、生まれる犠牲は大きい〉
当初、子を持つ親の間では、力試しに主峰へ赴くことは、我が子が帰らぬ不吉な話として広まって行った。だが、子世代にとっては、絶好の度胸試しとして広まってしまった。
……えぇーっと……ここ、普通に生活しとっても、ガチで命失くすかも知れんとこやのに? 世の中、何が流行るかわからんもんやねんなぁ……
〈少なくとも千年以上は続いておるな〉




