57.宿場☆
一度、夕立に見舞われ、ずぶ濡れになったことを除けば、後の旅は順調に進んだ。
政晶は靴と剣の扱いに慣れてきた。靴擦れも筋肉痛もなく、本来の動きを取り戻しつつある。
街や村の外を囲む結界は、発生した三界の魔物や、元々そこに棲息していた魔獣などを他の区画に出さない為のものだ。まだ、霊視力を与える術は使ってもらえないが、政晶自身も周囲を警戒しながら歩いた。
剣舞の練習にも一層、力が入る。
幸い、あの日以降は街道で魔獣と遭遇しなかったが、肉眼でも見える化け物の存在は、政晶の神経をすり減らした。
日没前になんとか登山口の宿場町に辿りついた。
夜になれば、街を囲む塀の門は固く閉ざされる。
夕暮れの街は若者たちで賑っていた。
成人の儀は、日之本帝国の成人式のように日付が決まっている訳ではないらしい。
閉門ギリギリに駆け込んできた若者たちは、安堵の色を浮かべながら、明日からの登山について語り合っていた。
馬に乗る者はおらず、旅の荷を詰めた袋を自ら背負う徒歩の者ばかり。マントや日除けの帽子の下は軽装で、男女とも、動きやすそうなズボンを履いている。
若者たちの服は、政晶や騎士たちのように、隙間なく呪文で埋め尽くされておらず、袖や胸元に短い呪文が織り込まれているだけだった。
宿の食堂も若者で溢れていた。
着いてすぐ食事をするのか、旅装を解いていない者が多い。
腰に短剣などの武器を帯びた者が、普通に食卓を囲んでいる。そのことが、政晶の目には奇異に映った。
騒々しい青年たち、よく似た顔立ちで親戚らしき一団もあれば、恋人同士なのか男女二人組の卓もある。流石に若い娘だけの卓はない。
政晶の目を介して、建国王が、若い女性を物色しているのが感じられた。
政晶が鍵の番人に顔を向けると、建国王が抗議の声を上げた。
〈何をする! 汝は目の保養も許さんと言うのか!〉
……違うって、聞きたいことあって、普通に、今から話し掛ける人に向いただけやん。
〈何だ、何が知りたい? 我が答える。さっさとあちらを向け〉
……王様……
呆れながらも、政晶は女性客が多い卓へ目を向けた。
席の間で忙しく立ち働く女給の他は、スカートの女性は居ない。真夏だが、半袖の者も居ない。
確かに、若い娘が多い卓は雰囲気が華やいで見える。だが、政晶にはそれの何が嬉しいのかわからなかった。
美味そうなスープや、揚げ物の油、肉が焼ける香ばしい匂いの方が余程、魅力的だ。
〈男の浪漫だ、男の浪漫。汝が知りたいのはその件か? ならば今夜は一晩中、語り明かそうぞ〉
……違う。山登りの前に徹夜はやめて。僕が聞きたかったんは、ここの成人式ってどんなんなんかなってことや。




