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野茨の血族  作者: 髙津 央
第二章.王都

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55.魔獣

 〈案ずるな。あれは三界の魔物ではない。ただの魔獣だ〉


 ……タダの魔獣言われても、あれ、僕ら食べる気満々(まんまん)ですやん。


 足が震える。

 〈雪〉と〈灯〉の声が止んだ。呪文を唱え終えたようだが、政晶の目には何の変化もみつけられなかった。


 最初の一頭が(くさむら)から躍り出た。

 明らかに政晶(まさあき)を狙って跳躍したが、何かにぶつかり、無様に地に落ちる。


 魔獣が衝突した瞬間、薄青く色付いた壁が現れた。〈雪〉と〈灯〉が展開した壁に阻まれたのだ。

 魔法の壁は、魔獣の群れと政晶の間に立ちはだかっていた。


 壁に当たった魔獣は眉間に皺を寄せ、低く唸った。それを合図に青草の中から三頭現れ、〈雪〉に襲いかかった。

 〈雪〉は剣を持つ手を誰かに引っ張られたように右に傾き、魔獣の牙を(かわ)した。〈斧〉が剣で薙ぎ、一頭の前足を斬り飛ばした。


 〈雪丸〉が短く呪文を唱え、何もない所で剣を横に振るう。

 白く輝く投網のような物が現れ、最初の一頭に絡みついた。

 魔獣が身動きすると、網はその身に食い込み、灰色の毛皮を血に染める。苦痛にもがけばもがく程、網は魔獣の肉を切り刻んだ。


 〈灯〉が、自分に飛び掛かってきた魔獣を(かわ)しざま、大きく開いた口に剣を突き入れた。

 突進の勢いを()った切先が、魔獣の頭部を突き抜ける。〈灯〉が剣から手を離すと、勢いのまま死骸が地面を転がった。〈灯〉は、剣をそのままに呪文を唱える。


 一頭が荷を積んだ馬に向かう。〈雪〉が右手の魔剣に引きずられ、ぎこちない動作で駆け出す。馬と魔獣の間に割り込んだ〈雪〉は、魔獣の体当たりを受け、転倒した。


 馬から標的を変えた魔獣が〈雪〉を押さえ込み、喉笛に喰らいつこうとする。〈雪〉の魔剣が、不自然な動きでその首に斬りつけた。

 浅く斬られた魔獣は、短い悲鳴を上げ、脇に飛び退く。


 立ち上がろうとする〈雪〉を、左前足を失った魔獣が襲う。その頭部を横から飛来した光の槍が叩き潰した。

 〈灯〉が放った魔法の槍は、触れた瞬間、強く輝いて消滅し、後には左前足と頭部のない魔獣の死骸が残った。


 〈斧〉が残る一頭に斬りかかる。

 斬撃を避けた魔獣を〈雪丸〉の網が捕えた。先の魔獣は、既に事切れている。身動きが取れなくなった魔獣に〈斧〉が止めを刺した。


 政晶(まさあき)は、薄青い壁のこちら側で呆然としていた。頭の芯が痺れ、何も考えられない。


 街道の石畳の上に四頭の魔獣が、(むくろ)を横たえていた。

 返り血を浴びた騎士たちが、呼吸を整えながら周囲を警戒している。

 魔法の壁は消えたが、政晶は一歩も動けなかった。


 村の入り口で様子を窺っていた人々が、村長と(おぼ)しき年配の男性を先頭に、荷車を引いて出て来た。口々に礼を言い、手際良く死骸を積み込んで行く。


 ……なぁ、あれ、どないするん?


 〈毛皮と牙は素材として残し、後は焼き捨てる。……大分、落ち着いたな〉


 ……えっ……あぁ、うん。落ち着いたん……かな?


 政晶はまだその場を動けず、作業の様子をぼんやり眺めている。建国王の声にもどこか他人事(ひとごと)のように答えた。

 見開かれたままの魔獣の目は、四つとも光を失っている。もう動かないとわかっていても、化け物は恐ろしいままだ。


 ……こんな村のすぐ前でも、あんなごつい化けモンおんねんなぁ……


 〈奴らは人を恐れぬ故、人里近くでも狩りをするが、なぁに大した力のない獣に過ぎん。恐るるに足りん。現に騎士たちは魔獣を(ほふ)り、(いまし)を守ったであろう〉

 そう言われても、恐いものは恐い。


 生前は戦士として三界の魔物と戦い、死後も剣となって戦い続ける建国王には、何の力も持たない政晶の気持ちが、わかる筈もなかった。


 返り血と砂埃に(まみ)れた騎士たちが、手綱を取って馬を(なだ)める。

 荷を負った軍馬は、さして動揺しておらず、大人しく列を組んで歩きだした。


 騎士に囲まれて歩く政晶は、血の臭いに吐き気を(もよお)したが、何とか平静を装って村へ向かった。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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