54.我慢☆
食後、基本の型を幾つか練習した。
建国王は、先日とは打って変わって丁寧に説明する。
政晶が怪訝に思いながらも指示に従っていると、建国王は憮然として言った。
〈我を何だと思っておるのだ。汝ら舞い手を導き、瘴気を祓う事が、我の存在理由ぞ〉
政晶は面倒になり、なるべく何も考えないように体を動かした。
特に何事もなく旅程は順調に進んだ。
結局、言いだせなかった政晶の靴擦れが悪化した事を除いて……靴を脱いで見るまでもなく、踵と踝の皮が剥け、靴下は汗ではない液体でぬるつき、足首に貼りついている。
夏の午後は長く、予定通り、夕刻の少し前に村が見えてきた。
政晶は痛みに耐え、脂汗を滲ませながら歩く。
痛みを表情に出さない政晶に、建国王が溜め息交じりに説教する。
〈何度も言うが、その我慢に何の意味があるのだ。鍵の番人は、治療で手を煩わされたなどと腹を立てたりはせぬ。足が痛いと言え〉
……我慢の意味……? 意味とか、そんなんわからん。別に誰にも迷惑掛けてへんし、別に靴擦れくらい、言わんでもえぇやん。
〈何度でも言うが、汝が痛みは我が痛み。意味のない我慢をするでない。力有る大人を頼れ。あれは、ちびっ子に見えて、二千年以上存在し続けている大人だ。長老の一人だ〉
二人は、他人には聞こえない声で、同じ問答を堂々巡りさせている。
何故、痛みを訴え、他人に助けを求めることができないのか。
政晶自身にもわからない。
助けを求めるべきなのにそうしないでいることすら、建国王に指摘されるまで気付かなかったのだ。
促されても尚、苦痛を訴え、助けを求めることができない理由を、明確に説明できる言葉が見つからなかった。
感覚を共有する建国王に対してさえも、その漠然とした「何か」を巧く伝えられなかった。
影が長く伸びる田園風景の中、胸の中で何かをざわつかせながら、歩いて行く。
一歩一歩、その歩みが政晶の踵と踝を削り取る。
畑仕事を終えた村人たちが家路を辿っている。
暮れかけた奇妙に青い空の下、石畳に落ちる影は薄くなり、ほとんど消えていた。
夕飯用の収穫の帰りらしい。野菜籠を背負う農夫の後ろ姿を追うように、一行は村を目指した。
夏草が生い茂る休耕地の脇を歩く。
夕暮れの風が青草を揺すった。
馬が休耕地に首を向け、足を止める。鍵の番人が鋭く一声発し、騎士たちが一斉に剣を構えた。
政晶の背丈程の草が、風ではない何かで揺れている。
馬上の鍵の番人と、長身の〈雪〉と〈灯〉には、迫りくるモノが見えているらしい。政晶とそのモノの間に立ち塞がり、小声で呪文を唱え始めた。
〈斧〉が叢の前に出る。〈雪丸〉が、落ち着きなく足を踏み鳴らす馬たちを道の端に寄せる。
特に指示されていないクロエは、政晶の隣でぼんやり立ち止まった。
政晶はどうしていいかわからず、剣の柄に手を掛けたまま、騎士たちの動きを見守るしかなかった。
〈早まって我を抜くでないぞ。汝は騎士に守られておればよい。まずは落ち着け〉
政晶は柄を握ったまま頷いた。緊張で口が強張り、動かない。背筋を冷たい汗が伝った。
叢から獣の鼻面が現れた。
一行の風下から回り込んできたそれは、狼に似た獣だった。
大型犬ロットワイラーのポテ子よりも一回り大きい。灰色の毛に覆われた顔で、四つの目が金色に輝いていた。魔獣の四つの目が、一行を値踏みするように動く。




