52.木陰
「黒山羊の殿下は、その強大な魔力で、農村と畑を守る結界を施しに行かれたんだ。黒山羊の殿下なら、結界の効力は五、六年続くし、ご不自由なお体を押して公務を行うお姿から、多くの民に慕われてるんだよ」
政晶は鍵の番人の説明で、王都の人々の笑顔を思い出した。
……おっちゃん、一般人には好かれとんか……そしたら、おっちゃんの命狙とった奴って、大臣とかの偉い人の中におったんか……?
不穏な思考に、政晶の記憶を漁った建国王が驚愕する。
〈何と! そんなことになっておったのかッ?〉
……えっ? 何で王様、知らんの?
〈我は数年に一度しか武器庫を出られぬ。その上、使用者は年端もいかぬ坊やばかりだ。敢えて耳に入れぬようにしておったのだろう〉
そう言われてみればそうだ、と納得しかけて、政晶はつっこんだ。
……それって、王様がいらんことしたせいで、知れる立場の人に使てもらわれへんから、教えてもらわれへんかっただけやんな?
〈マサアキ……鋭いな……まぁ、汝も用心するのだ。行きはよいよい帰りは恐い。儀式の後、何かあるやも知れぬからな〉
ドスの利いた声で脅され、政晶は震えあがった。
……あんなぁ、王様、さっきの話まとめたら、もし、その反対派の偉い人に鍵の番人さんが入っとったら、僕、終わりやんなぁ……? お城に帰るフリして、全然、違うとこ連れてかれて……
〈鍵の番人がその気なら、汝らの一家はそもそも生まれてすらおらぬ。だが、元より鍵の番人ら十二人の導師は、封印の一部故、我が野茨の血族を害することはできぬのだ〉
建国王の言葉で政晶の心は一気に軽くなった。
少なくとも鍵の番人の傍に居る限り、この比類なき導師に守ってもらえるのだ。
政晶は、歩きながらあれこれ質問した。
鍵の番人は特段イヤな顔をする事もなく、それに答える。子供の姿をしているが博識で、説明もわかりやすかった。
足下の影が短くなる頃、街道沿いの畑の隅に一本の大木が見えてきた。
木陰で数人の旅人が昼食を摂っていたが、政晶たち一行に気付くと、慌てて立ち上がり、最敬礼した。
鍵の番人が、気にせずゆっくりするように言う。
旅人たちは互いに顔を見合わせ、おずおずと腰を下ろす。
騎士たちは旅人に会釈すると木に馬を繋ぎ、荷を降ろした。
最も日が高い時間帯で、街道を行く人影は疎ら。
車のエンジン音、店頭の呼び込みやBGM、蝉の声など、政晶が聞き慣れた夏の音は何もない。
代わりに、畑の上を吹き渡る風の音と蹄の音、知らない虫の音や鳥の声が聞こえる。
科学文明国の都会の喧騒から遠く隔たった、のどかな夏の昼下がりだった。




