51.制御
石畳を見詰めたまま、ひたすら足を前に出した。
畑には昨日の夕飯に出た葉物野菜が植わっている。味は濃いが青臭さがなく美味かった。赤紫色の茎に緑の葉が茂り、風にそよいでいる。
〈畑の景色は飽きたか?〉
えっ……う、うん……まぁ、ずーっと一緒やし……
〈ふむ。退屈ならば、今の内に気になる事を聞くがよい。鍵の番人は物識りぞ〉
えっ……でも……
戸惑う政晶を建国王は笑い飛ばした。
〈帰国すればもう聞けぬのだ。汝は力を持たぬ故、二度とこの地を踏むことはない。後で一生涯の悔いを残すより、この機会を活かせばよかろう。見よ、居眠りしておるぞ。落馬を防ぐ為にも話し掛けてやれ〉
鍵の番人は、白馬の背に揺られながら舟を漕いでいた。今にも手から杖が滑り落ちそうだ。
政晶は知りたいことが多過ぎて、何から聞けばいいか考えあぐねた。
鍵の番人の頭がガクリと揺れ、目を覚ました。杖を握り直し、姿勢を正す。
「あ……あの、鍵の番人さん……ちょっと、質問いいですか?」
政晶の言葉をクロエがそのまま訳すと、鍵の番人は眠い目をこちらに向けた。
「私が答えていいことなら、いいよ」
「叔父さん、馬車で出掛けましたけど、こっちでは何してるんですか? 日之本帝国では、大学の先生なんですけど……」
思ったよりすらすらと言葉が出た。
鍵の番人は何だそんなことかと言いたげな顔で答える。
「公務だよ。結界の保守管理と、三界の魔物の索敵」
「結界の保守……?」
政晶には何のことかさっぱりわからない。
「ラキュス湖周辺は、三界の魔物以外の魔獣や魔物も、たくさんいるからね。町や村に入らないように、魔除けの結界を張るんだ。農村は、周りの畑や牧場も含めて守ってるよ」
鍵の番人は言葉を区切り、政晶を見た。
政晶が頷くと、杖で畑を示しながら続ける。
「民自身も結界を張れるけれど、何分、力が足りないからね。せいぜい、自分の立っている場所を短時間守るので精一杯。力が強い人でも、部屋ひとつ分と言ったところが関の山」
鍵の番人は、杖を引いて政晶に顔だけ向けて説明を続けた。
「私や凍てつく炎たちみたいに、王族以外で町や村を丸ごと守れる者は、あんまり居ないんだよ」
「魔力って鍛えられへんの?」
政晶が思わず方言で漏らした呟きを、クロエが湖北語の標準語に訳す。
「ある程度は鍛えられるけど、限度があるね。それに、強すぎる力は、普通に生活するのには不便だし」
「不便って何で?」
「出力が強過ぎて、細かい調整が難しいんだよ。例えば、蝋燭に火を点けようとしたら家一軒全焼させちゃったり……」
「えぇッ?」
政晶が思わず立ち止まると、騎士たちも歩みを止めた。あ、いえ、お構いなく、と慌てて促し、先に進む。
鍵の番人は、捻じれた植物を象った杖を少し上げてみせた。
「この杖は魔力の出力や方向を調整する制御棒で、この国では王族や導師が持ってるよ。これを持って一生懸命練習すれば、蝋燭だけに火を点けられるようになるんだ」
「ご主人様は、ユンボの先に括りつけたお玉で、漏斗は使わず、一滴も零さないようにペットボトルに水を入れるみたいな作業だ、とおっしゃっていました」
クロエの補足に政晶は衝撃を受けた。言葉も出ない。




