50.新靴☆
朝から雲ひとつない快晴で、家々の屋根から雀ではない鳥の声が聞こえる。
近郊の農村から新鮮な野菜が持ち寄られ、朝市が立っていた。
日中よりも人の往来が多く、早朝の城門付近は活気に満ち溢れていた。
政晶たち一行は、籠を背負った人や荷車の流れに逆らって、王都北側の城門を出た。
「舞い手さんは山登り得意?」
馬上から鍵の番人が聞く。
重い物を持って慣れない動きをしたせいで、筋肉痛になった政晶は、脂汗を浮かべながら答えた。
「あんまり……」
「そう。じゃ、ゆっくり登ろうね」
クロエの通訳に頷いて、鍵の番人は気楽に言った。
蒼天の下、青々と葉が茂る畑の中を白い石畳の道が、どこまでも続いている。
山脈は遥か彼方で陰のように蹲っていた。
すれ違う人々がにこやかに挨拶する。
騎士たちが口々に返礼し、政晶も軽く会釈を返した。
ムルティフローラ人は人懐こい性質らしい。
まだ足に馴染んでいない靴が、再び靴擦れを作る。
政晶は平静を装い、足を前に進めた。
昨日、何故鍵の番人に靴擦れがわかったのか、不明だ。新しい靴だから当然そうなっているだろうという予想なのか。
……それとも、何か……
〈下らぬことを気にするでない。今も足が痛むなら、鍵の番人に言うがよい〉
……えー……でも……
〈何を遠慮する必要がある。その為に随行しておる呪医なのだぞ〉
……えー……でも……靴擦れくらいで……
〈靴擦れくらいとは何だ。我は汝と感覚を共有しておるのだ。汝の痛みは我が痛み。そんな足では到底、今日の旅程をこなせぬわ。歩けなくなるまで黙っておるつもりか?〉
……え、でも……何の力もない僕なんかの為に、わざわざ魔法使ってもらうん悪いなって……
〈それが鍵の番人の職務だ。汝の力の有無なぞ関係ない〉
……ちから……あ……ッ! そない言うたら、魔物が見えるようにするとか言うとったん、どないなったん? 今、ホンマに近くに魔物おらんの? それとも僕だけ見えてへんの?
政晶は馬車での遣り取りを思い出した。
霊視力がなければ生活に支障を来たす国。
具体的にどう支障が出るのか説明されなかったことが、あぁかもしれないし、こうかもしれない、と一層の不安を掻き立てる。
〈両方だ。ここは魔除けの結界が施されておる故、安全だ。そして汝はまだ半視力だ〉
……おっちゃんは【視える】ようにしてもらえる言うとったんやけど……
〈今はまだその必要はない。この辺りでは、発生直後の三界の魔物は駆除されておる。他の魔物は結界内には侵入できぬ。安心せよ。それに、視力を付与する術は一時的な物だ。何度も掛け直すのが面倒なのだろう〉
政晶は溜息を吐き、視線を落とした。何も考えたくない気分だ。




