47.権力☆
給仕の女性が水と料理を運んできた。
パンとサラダと焼いた鳥肉が、一枚の皿にまとめて乗っている。まず、鍵の番人と政晶の前に皿が置かれた。
〈トモエマサアキ、左手を前に出せ〉
不意に政晶の左手が動いた。そのまま給仕の腰に伸びる。
あと少しで女性に触れる所で、ずんぐりした騎士が政晶の手首を掴む。
何も知らない女性は、そのまま厨房に戻った。
「王様! 僕の手ェで何してくれてんねん?! チカンはアカン言うたやろ!」
〈いい尻だったのでな、つい〉
「ついとちゃうわ! ダメ! ゼッタイ!」
思わず声に出して建国王を詰る。
クロエがそれも律儀に訳した。
「ご安心下さい。我々は、建国王陛下があなた様のお体を悪用せぬよう、仰せつかっております」
茶髪の騎士の言葉に、政晶は釈然としない気持ちになった。
「僕の『護衛』って、剣の王様が僕の体で悪させんように、国民の女の人を守る方の意味やったんか……」
「いっいえ、決してそれだけではありません。道中、魔獣などから、あなた様ご自身をお守りする事が、主な任務です」
文官風の騎士が慌てて言い添える。
給仕の女性が、苦笑いしながら残りの席に皿を並べ、ごゆっくりどうぞ、と厨房に引っ込んだ。
どうやら、建国王のことは広く国民に知れ渡っているようだ。
「あら、私も戴いて宜しいんですか?」
怪訝な顔をしている使い魔に、鍵の番人が頷いてみせた。
「そのくらいの楽しみがあってもよかろう」
「でも、ちくわはないんですね……」
「チクワ……?」
「日之本帝国で、ご主人様がおやつやご褒美に下さるんです」
「異国の食べ物か。そんな物ある訳ないだろう。それで我慢しろ」
鍵の番人に素っ気なく言われ、クロエは肩を落としてフォークを手に取った。
〈あれは魔法生物故、主人の魔力さえあれば生きて行ける。まぁ、一応、食べ物からも活力を得ることはできるがな。黒山羊の王子が褒美に美味い菓子のひとつやふたつ、与えておっても不思議はない〉
政晶は、ちくわの味と形、CMで見た製造工程の映像と【竹輪】の文字を思い浮かべた。
建国王が驚く。
〈魚を筒型にして食べるのか! 我も口があれば一度、賞味してみるのだがな……〉
遠い過去に人間を辞めた建国王には、叶わぬ夢だ。
政晶は建国王の悲しみに触れ、皿に目を落とした。
「お口に合いませんか?」
少女騎士が恐る恐る聞く。
政晶は慌ててそれを否定し、鳥肉を頬張る。
騎士達が安堵の色を浮かべるのを複雑な思いで見つつ、口の中身を飲み下した。
「あ……あの……僕、魔力も霊感も何もないタダの子供で、王族ちゃうから、その……そんな気ィ遣わんとって下さい。ホンマ、タダの子供なんで……」
逸早く食べ終えたクロエが、口元を拭いながら訳した。一同、顔を見合わせ困惑する。
政晶は気まずい沈黙に耐えられず、更に言い募った。
「いや、何て言うか……日之本帝国では普通に、庶民で、護衛とか、そんなんないし、こう……偉い人扱い初めてやし……こっちも気ィ遣うから、普通にしとって欲しいんです。えっと……言うとう意味、わかって貰えます?」
文官風の騎士が、微かに首を縦に振った。
「おっしゃる意味はわかりますが……あなた様は王家の血族でいらっしゃいますし……」
これが教科書に載っとった「絶対王政」の権力、言う奴なんか。
政晶は、鍵の番人に助けを求める目を向けた。
建国王の剣を小突き回していた彼なら、と言う期待を込めた視線に気付いた導師は、パンを千切りながら言った。




