45.城下
……そしたら、今ここには、霊感ゼロの僕に見える強い奴は、おらんねんな。
夏の日差しに照らされた街並みを見回して、政晶は安堵した。
自宅に似た建物が、大通りの両脇に建ち並んでいる。
武器庫で見せられた映像では、どの家にも中庭がついていた。
父の実家は、ムルティフローラ様式の建物なのだ。
馬上から鍵の番人が予定を説明する。
昼過ぎ頃に城壁に着く。
昼食後に剣舞の練習をし、今夜はそのままそこに泊まる。
明朝、王都を出て山を目指す。なるべく街道沿いの町や村に泊まる。
順調なら、山には七日程度で着く。
登山口で馬を預け、徒歩で山頂を目指す。
遠回りになるが、比較的安全な登山道をゆっくり登っても、三日程度で祭壇に行ける。
祭壇では、山に体を慣らしながら、剣舞の練習を行う。
「帰りは私の術で城門前まで跳びます。舞をきちんと納めるまで帰れませんから、そのつもりでいて下さい」
ちびっ子に冷たく言われ、政晶はムッとしたが、鍵の番人が二千年以上存在し続けている導師であることを思い出し、怒りがしぼんでいった。
……新米騎士のこの人らも、見た目若そうやけど、ホンマはものすごい年寄りかもしれんねやんなぁ……やりにくいゎ……
今まで生きてきた経験と価値観が、根底から揺るがされる。
何を基準にどうすればいいのかわからない。
政晶は左を歩くクロエを見た。まだ怒っているかと思ったが、目にいっぱい涙を溜めて、今にも泣き出しそうだった。
……あ、これ……「分離不安」言う奴なんかな? 化け猫でもそんなんあんねんなぁ……
先日読んだ犬の躾の本を思い出し、ポテ子は今頃どうしているか、取り留めもなく想像を巡らせる。
何か他のことを考えながら歩いていると、気持ちが落ち着いてきた。
日が高くなるにつれ、朝餉の匂いが漂い、通りに面した店が開き始める。
店に品を卸す者、買物の主婦や子供、どこかへ働きに出る者、城へ陳情に行く者などが通りを行き交う。
八百屋の店先には、政晶が初めて見る色とりどりの野菜が並んでいる。
主婦が前掛けのポケットから取り出した光る石と野菜を交換していた。
「あの石……何や?」
「魔法文明の国では貨幣を使いません。物々交換です。あれは魔力を貯めた水晶です」
「へぇ……」
主人の命令を淡々と実行するクロエの説明に、政晶は店主の手元に注目した。ビー玉大の水晶のかけらが淡く光っている。
政晶の服に付いているサファイアの庶民版らしい。
〈サファイアは大量の魔力を蓄えられるが、充填にはそれなりの出力が必要だ。水晶ならば、出力が低くとも時間を掛ければ、満たすことができる〉
建国王が補足する。
……ふーん。充電池みたいなもんやねんな。
〈ジューデンチ……? ふむ。科学の国にも、同じ発想の品があるのだな〉
建国王が政晶の認識を読み取り、感心する。
……いちいち頭ん中覗かれんのイヤやなぁ……
〈我が血族なればこそ、心を繋ぐ事ができるのだ。有難く思うがよいぞ〉
……そういう仕様なんか……




