44.出発
高祖母が、女官と騎士を伴って城門前に現れた。
騎士たちが跪いて迎える。
「お父様たちは今日、ちょっと忙しくてお見送りできないの。でも、坊やの旅の無事をお祈りしてくれてたわ」
政晶は黙って頷いた。
高祖母は、生水を飲まないこと、その辺に生えている実をみだりに口に入れないこと、夜は冷えるから温かくして眠ること、夏風邪を引かないように気を付けること等々、細々とした注意を与え、最後に政晶を抱きしめて送り出した。
「坊やなら大丈夫。ちゃんとできるって信じてるからね。おばあちゃん、お城で待ってるから、必ず生きて帰って来るのよ」
叔父が魔力を充填してくれたお蔭で、同じ服でも昨日の暑苦しさが、嘘のように快適だった。
三頭の馬に荷物、白馬に鍵の番人を乗せ、騎士が手綱を引いた。
一行は、ゴミが全く落ちていない石畳の大通りを黙々と行く。
政晶の体力作りの為、徒歩で山に向かうのだ。
城下に出てからの新米騎士たちは、明らかに緊張していた。
政晶は、前後左右を馬と騎士に挟まれ、厳重な警備に息苦しさを覚えた。
左隣をメイド型の使い魔が険しい顔で歩いているのも、それに拍車を掛ける。
叔父が、誘拐されるまでは警備を断り続けていたと言う話を思い出した。
……あぁ……これ、確かにウザいし気マズいゎ……
強張った顔で周囲を見回し、政晶を見て、気を張り詰めている騎士たちの真面目な仕事ぶりが、政晶には重かった。
……まだ街の中やねんから、そんな厳重にせんでも……
〈何を言うか。汝は我の話をもう忘れたのか?〉
建国王に呆れた声で言われ、政晶はムッとした。
〈王都は最大の三界の魔物に最も近い場所だ。奴の瘴気によって城内でも城下でも、常に魔物が生まれておるのだぞ〉
……えッ……?
〈生まれたばかりの魔物は、日のある内は息を潜めておるが、夜になれば人を脅かす。あの城壁は、ここで生まれた三界の魔物を外へ出さぬ為の物だ〉
政晶は思わず建国王の剣を見た。
早朝で人通りは疎らだが、すれ違う人々は皆、足を止めて畏まり、一行が通り過ぎるのを見送る。
それに白馬の上から鍵の番人が、鷹揚に応えていた。
家々の屋根の向こうに城壁が見える。
道行く人々には、特に何かを警戒している様子はない。それでも、この街に本当に三界の魔物がいるのか。
〈生まれたばかりの三界の魔物は、並の目には見えぬ。三界の眼で見、退魔の魂で斬らねばならぬ〉
建国王の言葉と同時に知識が、政晶の中に流れ込んでくる。
政晶が腰に佩く建国王の剣は、三界の魔物を検知する「三界の眼」の能力は維持しているが、三界の魔物を倒す「退魔の魂」の武器ではない。
〈そのまま放っておけば、並の目にも見えるようになる。他の武器でも一時的に退けることはできるが、完全に消滅させるには、退魔の魂が必要だ〉
そこまで説明し、建国王は政晶が理解するのを待った。
政晶は、一気に流し込まれた説明を反芻し、繋ぎ合わせた。
〈それでもなお取り逃せば、半視力の肉眼にも見えるようになり、災いは、より大きく育つ〉




