42.通訳
丁度メモがひと段落したところで、双羽隊長が迎えに来た。
「私は同行できませんが、黒山羊の殿下の使い魔が、通訳としてお供致します」
隊長は淡々と言った。
政晶の腰で建国王の剣が、ブツブツ不満を漏らす。
……いや、王様のせいやん。いらんことするからアカンねや。
政晶が反射的につっこむと、静かになった。
城の前庭では、黒山羊の殿下の馬車と十数頭の馬が待機していた。騎士や侍従たちが準備を整える様子を叔父が見ている。
「双羽さんの隊ね、変えてもらえなかったから、クロエを通訳に付けるよ。クロエには、鍵の番人の言うことを聞くように、命令しといたからね」
叔父はそう言って、黒猫をメイド型に変えた。
改めて見ると、化け猫のメイドは、顔立ちが整っており、スタイルもいい。
漆黒のワンピースに純白のエプロン。エプロンには、控えめなフリルがあしらわれ、清楚だが可憐な印象を与えている。
きっちりまとめた黒髪は、ヘッドドレスではなく、真っ白で飾り気のない三角布で覆われいる。
黒いストッキングに包まれた足は、艶やかな黒の革靴を履いていた。
この古風な衣装は、手首と顔以外は肌を露出しないが、愛好家にとって、たまらない魅力を持つという。
政晶は、こっそり溜息を吐いた。
……王様が僕の手で化け猫にちょっかい出す……で、僕、八つ裂き……? 寝ぼけてちょっと触っただけでもアレやのに、王様の痴漢のせいで僕の人生、終わってまうとかイヤやで。
〈案ずるな、紛い物に手を出す程、落ちぶれてはおらぬ〉
……まがいもの……? クロの変身やから?
〈あれは魔法生物だ。性別はない。黒山羊の王子の命令で、女の形を作っているに過ぎぬ。あんなモノは、粘土細工と何ら変わらぬわ〉
建国王は、心底つまらないと言う風に吐き捨てた。
……マネキンに痴漢するみたいなもんなんか。そら、ないわな。
政晶は安心してクロエを見た。
主人から引き離されることが不服らしい。黒山羊の殿下に縋るような眼差しを向けている。
先に馬車の準備が整った。
黒山羊の殿下が馬車に乗り、近衛騎士たちも騎乗する。叔父が窓から顔を出し、政晶達に手を振った。
「じゃ、行ってくるよ。しばらく会えないけど、元気でね」
「うん……あ、はい。おっちゃんも元気で」
「ご主人様……」
クロエが泣きながら窓枠にしがみつく。
その手をそっと離しながら、叔父が命じた。
「さっきも言ったけど、僕とこの子がお城に戻るまで、鍵の番人の命令に従って、この子の言葉を湖北語に訳して、この子の命を守ることを最優先に行動するんだよ」
「はい……ご主人様。いってらっしゃいませ」
馬車が動き、クロエはしょんぼりと主人を見送った。どんなに辛くとも、使い魔にとって、主人の命令は絶対なのだ。




