41.暗闇
政晶は、落下の感覚に驚いて目を開けた。
暗闇。隣に誰かいる気配。
ベッドの灯を点けようと枕元を手探りする。
何か温かく柔らかい塊に触れた。
「シャーッ!」
猫の威嚇の声に、思わず手を引っ込めた。
そっと起き上り、辺りを見回す。
カーテン越しに差し込む月明かりで、室内の様子が、影絵のようにぼんやりと浮かび上がっていた。
ようやく自分の部屋ではないことに思い至る。
誰かが足音を殺して近付いてきた。
共通語の囁き。三枝の声だ。
政晶の語学力では、辛うじて幾つかの単語を拾えただけだが、声の様子から、政晶を心配してくれているのは、わかった。
大丈夫だと伝えたいが、何と言えばいいのかわからない。
枕元ではクロがまだ唸っている。
……寝ぼけてちょっと触っただけやのに、そんな怒らんでもえぇやんか……
「ん? クロ、どうしたの? 何怒ってるの? おいで」
叔父が目を覚まし、クロを布団に入れる。
だっこされた使い魔は、喉を鳴らし始めた。
「起きちゃった? 明日は早いから、寝た方がいいよ」
叔父に言われて再び横になる。三枝が布団を掛け直してくれた。
枕が変わり、隣に人がいる。慣れない環境が気になって眠れない。
気にしないでおこうと思えば思う程、気になって仕方がない。
時計がない為、時間はわからないが、上機嫌で甘えるクロのゴロゴロが途切れがちになり、やがて寝息に変わった。
クロの寝息を数える内に、政晶も眠りに落ちて行った。
三枝の優しい声で目が覚めた。
既に明るく、枕元ではクロが欠伸をしながら伸びをしている。
「すぐ脱ぐから、着替え、ちょっと待ってね」
叔父が、見覚えのある服を脱ぎながら言った。
帯を外し、貫頭衣を脱ぎ、ゆったりした夜着の中から、畳んだ状態で上着を引っ張り出す。最後に、寝台の上に座ったまま、モゾモゾとズボンを脱いで、政晶に渡した。
政晶は、ロングTシャツのようなゆったりした夜着を着ていた。
寝ている間に着替えさせられていたようだ。
「服に魔力を補充したから、今日から暫くは快適だよ」
「……ありがとう……ございます」
政晶は、微妙な気持ちで、叔父の体温が残る鎧を受け取った。
上着は肩幅が合わないから、夜着の中に入れていたのだろう。
今日からの旅の安全の為に「魔法の鎧」本来の機能を果たせるよう、叔父が身に着ける事で魔力を充填してくれたのだ。
それは有難い。
有難いことだとわかっているが、政晶は叔父の体温が抜けるまで、袖を通せなかった。
朝食後の僅かな時間に、政晶は建国王から教わった歴史を手帳に認めた。
詳しい内容は後で思い出して清書することにして、箇条書きでとにかくペンを走らせる。




