40.手帳☆
「何度も言わせるな! 大体、体もない癖にどうしてそう、女に見境ないんだ!」
建国王の剣に手を触れた途端、鍵の番人が罵っているのがわかった。
武器庫での態度とは打って変わって、建国王に辛辣な言葉を投げつけている。
「さっきは坊やの手前、礼を尽くしたが、もうやめだ! この助平ジジイ!」
〈マサアキ、鍵の番人はちびっ子だから、男の浪漫と言う物がわからんのだ。汝ならばわかるであろう? 先程の……〉
「いっいいえッ! わかりません! 僕もまだ子供やし、なんにもわかりません!」
ようやく事態を理解した政晶は、手にした剣に向かって叫んだ。
ここで同意を示そうものなら、建国王のセクハラ行為の実行犯にされてしまう。
建国王の残念な一面を知る古参の家臣はともかく、事情を知らない者には、政晶自身が自らの意思で痴漢行為を働いたとしか見えないのだ。
「あなた様が選ばれたのは、正にその為です。本来ならば、王家の血族全員に資格があるのですが、その剣を女性に触らせる訳には参りませんし、大人の男性ですと、それなりに権力をお持ちですので、建国王陛下とご一緒に、よからぬことをなさる残念なお方も……」
政晶の叫びを双羽隊長が訳し、鍵の番人が内情をぶっちゃけた。
……さっき、地下室で世界の運命懸っとうみたいなこと言うとったのに、ホンマ大丈夫なんか? この人……
何はともあれ、一同気を取り直し、訓練が再開された。
政晶は三枝の指示に従い、鞘を払って左手に持ち、輝く抜き身を構えた。
建国王の大雑把な説明で動く政晶に、三枝が補足する。
剣を振り抜く際の体重の移動、重心の置き方。
建国王が示す遠くの瘴気の捉え方。
剣を握っていれば、湖北語がわかるので、三枝のわかりやすい説明は、大いに助かった。
陸上部だった政晶は、体力には少し自信があったが、慣れない動きのせいか、すぐに息が上がってしまった。
長袖の衣服が汗で体に貼り付く。額から滴る汗が床を濡らした。
「少し休みましょう」
三枝が、剣を鞘に納める手振りを交えながら言った。
政晶は頷いて剣を仕舞うと、その場に座り込んだ。
建国王が〈男の指導なぞ、つまらん。さっさと終わらせるのだ〉などと言いながら、政晶の体を強引に動かしたせいもあった。
……暑いねんけど、半袖に着替えさしてもらわれへんのやろか……?
〈聞いておらぬのか? それは汝を守る鎧であるぞ〉
建国王が説明する。
隙間なく施された刺繍は呪文で、魔除けや緩衝、防寒、耐熱等の効果を持っている。
……耐熱……? 暑いねんけど……?
政晶が訝しげに問うと、建国王は当然だ、と反論した。
〈効力を発揮するには、魔力が必要だ。汝のように力を持たぬ者も守られるよう、それにはサファイアが縫いこんであろう?〉
水晶やサファイアには、魔力を蓄積する性質がある。
この衣服のように特殊な加工を施すことで、その魔力を引き出し、特定の目的の為に使えるようになるのだ。政晶の服には、魔力の残量がないらしい。
……え……どなしたらえぇの……?
〈汝の叔父にでも力を借りるのだな〉
その日の夕飯は、疲労と時差ボケで半分寝ながら口に入れた。
政晶は、宗教の私室で女官に体を洗われるなり、寝台に倒れ込んだ。
終業式の帰り、赤穂委員長に、日記を付けてムルティフローラの様子を伝えると約束したのだが、腕を上げることもままならない。
……すまん、委員長……明日まとめて書くから……
政晶は泥のように深い眠りに落ちて行った。




