04.番犬
政晶は、いつの間にか眠っていたらしい。
気付いた時には、窓の外を全く知らない街の風景が流れていた。
父はカーナビのない軽トラを何の躊躇もなく、細い脇道に侵入させる。道の両脇は小さな戸建住宅やアパート。
その街区はすぐに抜け、だだっ広い公園沿いの大通りを走り、また住宅街に入る。
今度は古く大きな家々が連なるお屋敷街。
同じ家の塀が延々と続き、また同じような長い塀が現れる。
塀や門の隙間から、立派な構えの邸宅や手入れの行き届いた庭園が見えた。
「着いたぞ。政晶、起きろよ」
父は外国のホテルか、博物館のような古めかしい洋館の前で、軽トラを止めた。
今は辛うじて街並みに馴染んでいるが、建った当時はさぞかし周囲の景観から浮いていたであろう、立派すぎる洋館だった。
屋根裏も含めるなら三階建ての石造り。深緑色の屋根。庭はなく、正面に鉄製の門扉があった。鉄格子付きの低い煉瓦塀に挟まれている。
門扉の向こう、玄関前は軽トラ二台分の煉瓦敷きの空間で、巨大な犬が寝そべっていた。
「ポテ子、ただいま」
父の声に、土佐闘犬をダックスフント色に染めたような大型犬が、尻尾を振って駆け寄ってきた。
鉄柵に前足を掛け、門扉の上に顔を出す。
政晶は後退った。
……何やこれッ? 猛獣やんか! 泥棒を殺す気かッ? こんなん、頼まれてもよう触らんわ!
って言うか、放し飼いッ? これ、放し飼いなんッ? 帝都はこれアリなんッ? 犬は繋いで飼いましょう、て保健所とかが言うとん、商都だけなんか?!
「はいはい、ポテ子ただいまー。お利口さんにしてたかー?」
父はお構いなしに上機嫌で言い、猛獣の頭を撫でて「ハウス」と短く命じた。
猛犬が、大人しく玄関前の頑丈そうな犬舎に巨体を納める。
父は門扉の鍵を開け、犬舎のポテ子に勝手なことを言った。
「よしよし、ポテ子、お利口さんだなー。これ、俺の息子の政晶。今日から一緒に住むから、仲良くするんだぞー」
政晶は一歩も動けなかった。
「……何してんだ?」
……こんなん絶対無理! こんな猛獣と仲良うせぇとか、ムチャ振りにも程があるやろ!
政晶は声もなく首を横に振った。父は犬舎の鉄格子を閉め、錠を下ろして立ち上がった。
「取敢えず、荷物、そのままでいいから中に入れよ」
政晶は恐る恐る、父の実家の敷地に足を踏み入れた。
ポテ子が立ち上がり、鉄格子の隙間から鼻先を突き出す。政晶は弾かれたように一歩退いた。
「何やってんだ。入るぞ」
父が古びた木製の玄関扉を開ける。政晶は一気に駆け込み、扉を閉めた。