39.練習
王城一階の練技場。
石造りの室内で、騎士や見習い達が、剣技の訓練に励んでいる。
窓は大きく、風通しもいいが、いずれも汗だくだ。
四人が入ると一斉に訓練を中断し、跪いた。
「あーどうもどうも、ご苦労さん。ちょっと練習するんで、隅っこ貸して下さいね」
凍てつく炎が、片手を軽く上げて言うと、騎士たちが顔を上げた。
……えっ? あれっ? コトバ……
〈我が汝の耳で聞いておるからな。皆の言葉は伝えてやるぞ〉
政晶は喜んだのも束の間、建国王が続けた言葉に落胆する。
〈だが、マサアキの言葉は、汝自身の口で伝えねばならん。我にはもう口がない故な〉
建国王の声は、剣を佩く政晶にのみ聞こえるのだ。
後の三人はそれを知っているからか、政晶への通訳をやめていた。
「じゃ、私は引き上げるから、後ヨロシク」
凍てつく炎は軽く言って鍵の番人の頭を撫で、練技場を後にした。
〈形は幼いままだが、あの者も、二千年以上前からこの地に留まっておるぞ〉
建国王が鍵の番人について言うと、政晶は思考が停止した。
どう見ても小学一年生くらいの男の子だ。黒髪に青い瞳、幼い体に不釣り合いな長い杖を手にしている。
後を任された鍵の番人が、政晶に向き直った。
「剣の持ち方は、小隊長に教わって下さい。もし怪我をしたら、私におっしゃって下さい。みんなー、暫くここに居るから、みんなも怪我したら言ってねー」
後半は畏まっている騎士たちに向けられた。
再び練技場の空気が動きだし、訓練が再開される。
早速、指導が始まった。双羽隊長が政晶の傍らに立ち、剣の持ち方を説明する。
「このように両手を……」
〈トモエマサアキ、左手を上げよ〉
建国王の言葉と同時に左腕が動いた。
政晶の意思とは無関係に双羽隊長のふっくらした胸を鷲攫みにする。
気がついた時には、掌の中に固い刺繍越しにやわらかな感触があった。
次の瞬間、政晶は剣を握った右手首を捻じり上げられていた。
「いでででででで……! すんません! ホンマすんません!」
「建国王に名を知られてしまったのですね?」
政晶が剣を取り落とすと、隊長は冷静に言った。
何事かと周囲の視線が集まる。
「えっと……あの……すんません……」
「知られてしまったものは、仕方がありません」
隊長が床に落ちた建国王の剣を見降ろし、湖北語で更に何か言うと、鍵の番人が杖で剣を小突きながら、吐き捨てるように何か言った。
見習いたちは政晶同様、何が起こったのかわからず、キョトンとしている。
年嵩の騎士が小声で説明すると、見習いたちの目は、残念なモノを見る目に変わった。明らかに失望や軽蔑の色を浮かべる者もいる。
双羽隊長の指示で、女性が政晶達から離れ、代わりに男性は距離を詰めた。
室内の男女がきっちり分かれると、隊長も政晶から離れながら言った。
「剣を拾って下さい。以降の説明はこの者、黒山羊の殿下に【三枝】と呼ばれる者が致します。通訳は引き続き私が行います」
「あの……ホンマ、すんません」
「あなた様に対しては、怒ってなどいませんよ。先程の行いが、あなた様のご意思でないことも、よ~っく存じております」
双羽隊長は、床に落ちた建国王の剣に冷たい視線を向けている。
馬車の真横を警護していた黒髪の騎士が歩み寄り、身振りで剣を拾うよう促した。
三枝の家紋は三本の枝だ。
政晶は緊張と困惑にギクシャクする動作で剣を拾い上げた。




