38.儀式
棺を中心に儀式が行われる映像。
三人の巫人と鍵の番人、凍てつく炎と他数人の導師たち。
ある者は楽器を奏で、ある者は魔力を込めた歌を朗々と詠じ、またある者はその手に建国王に似た剣を携え、舞っていた。
封印の間に満ちていた禍々しい瘴気が剣に断ち切られ、呪歌と楽の音に触れ、霧消する。
毎年繰り返される追儺の儀式だ。
政晶の記憶に儀式の理由が刻まれ、認識される。
三界の魔物は封印されて尚、瘴気を撒き散らす。
その穢れを祓う為、毎年冬に国内全ての家々が入念に清められ、追儺の歌が歌われた。
日々の営みの中で溜まった穢れ、心の澱みをも祓い清め、三界の魔物の瘴気を浄化する。
……えーっと……要するに、大掃除と節分がセットなん?
〈その通りだ。聡いな〉
政晶の認識に建国王が同意し、褒める。
封印の最外周である山脈にも、祓いきれなかった穢れが到達する。
数年に一度、溜まった穢れを祓うことが建国王の役割のひとつだ。
封印の間は、建国王の実弟の剣が浄化を担う。
三人の巫人は今を生きる新しい世代の者だが、凍てつく炎ら儀式を行う導師は皆、二千数百年前に生きた者たちだ。
封印の一部としてこの世に留まり、三界の魔物の監視と封印の維持管理、王家の血統の保存を行う。不在の折は過去の三人の巫人が代役を果たす。
最外周の山脈も、魂を核に形成された。
山脈に届く穢れは「慈悲の谷」と「欺く道」の称号で呼ばれる導師たちが集め、王都の北に聳える主峰の祭壇に蓄積される。
〈封印の徽をその身に宿せし、我が裔冑よ。我を手に舞を奉じ、穢れを討ち祓うのだ〉
政晶は左腋の下が熱を帯びるのを感じた。
建国王は、自らの子孫を封印の維持の為に差し出したのだ。
……いつまでこんなん続けるん? もし、血筋が絶えてしもたら……
〈毎年の追儺で僅かずつではあるが、核は縮小しておる。何千年の後になるやらわからぬが、必ず滅することはできる〉
……なんで年一回なん? 毎月とか、しょっちゅうしたらえぇやん。
〈術者の負担が大き過ぎるのだ〉
王都を中心とした国土全体から、封印の魔法陣に力が注がれている。
今を生きる人々の生命力と魔力、亡くなった人々の【魔道士の涙】に籠められた力。
それらを総動員し、十二人の強力な術者達が協力してやっと、一度だけ、最大最強の魔物の核を滅する追儺の術を発動し得る。
力の充填に約一年の時間が必要で、その間に瘴気も蓄積してしまう。
〈案ずるな。三界の魔物は数多おったが、他は全て滅した。残るはこ奴、唯一体〉
……二千年以上前から、毎年みんなで頑張ってもアカンて……どんだけやねん……
政晶の絶望を建国王が受け止める。
あたたかく力強い気配に、政晶の心のざわめきが鎮まってゆく。
父と居て一度も感じた事のない安らぎだった。
〈憎しみ、恨み、妬み、嫉み、過度の欲望、強過ぎる執着……負の感情と瘴気が凝ると、新たな三界の魔物が生まれる。だが、いずれも小さく弱い内に滅しておる〉
建国王の家系が選ばれた理由は、強い魔力を持つ他、三界の魔物を検知する能力を持つ為であった。
三界の魔物は、核の位相を物質界、幽界、冥界のいずれかにずらして隠す。
三界を同時に視る事が出来れば、容易に発見できる。
この眼はまた、人がどの位相に近いか視ることで、死期を測ることもできた。
その能力を「三界の眼」と呼び、その血統を絶やさぬよう、現在でも厳重に管理されている。
〈我も、汝の叔父……黒山羊の王子も三界の眼を持っておる〉
ムルティフローラ王家でも、三界の眼を持つ者は、稀にしか生まれない。
三界の眼の王族は、何者にも染まらぬよう、黒い動物が徽に定められる。
三界の眼がいない空白期間は、建国王の剣同様、【涙】に魂と力を封じた「過去の三界の眼」を借りる事で代用する。
建国王の剣を手にすれば、その「三界の眼」の視力を借りられるのだ。
……要するに、山に溜まった悪い気ぃを、王様の剣で見つけて斬ったらえぇねんな。
〈その通りだ。声や魔力を持たぬ者にも発動できるよう、祓いの術は、身振りにて行う形になっておる。我を手に術式の通りに舞うのだ。よいな〉
……何か……ものすごい責任重大やなぁ……一カ月でできるようになるんかなぁ……
〈そう案ずるな。我がついておるぞ、マサアキ〉
唐突に現実に引き戻された。
政晶は、両手で建国王の剣を捧げ持った姿勢のまま、先程と同じ王家の武器庫に立っていた。
双羽隊長、鍵の番人、凍てつく炎の三人も同じ場所で控えている。
「如何でしたか?」
「なんか……いっぱい説明されて、剣の王様がついとうから大丈夫やって言われた」
政晶の答えを双羽が訳す。
鍵の番人と凍てつく炎が小声で何事か話し合い、政晶に微笑んで見せた。
「建国王陛下に気に入られましたようで、宜しゅうございましたね。道中、必ずや助けて下さいますよ」




