03.魔女
「高祖母ちゃんは、まだまだ元気でぴんぴんしてるから、多分、夏休みに一回だけ、会いに行けるんじゃないかな」
父の声で現実に引き戻された。
……ひいひいばあちゃんて……年ナンボやねん? でも、今年の夏休みに会わんかったら、もう一生無理な年なんやろ? しかもその言い方、夏休みまでもつかもわからんのやろ?
「高祖母ちゃんは魔法の国のお姫さまで、長命人種の魔女だから、見た目の年は父さんとそんな変わらないんじゃないかな?」
父の口から淡々と、突拍子もない言葉が吐き出された。政晶は思わず運転席を見たが、その表情は冗談を言っているようには見えなかった。
父は軽トラのハンドルを握り、真剣な眼差しをフロントガラスの向こうに向けている。
「まぁ、父さんは子供の頃に一回会ったきりだから、今の姿は知らないけど、宗教は毎年夏休みに会いに行ってるから、聞いてみるといい」
……ギャグで和まそ思とんか知らんけど、寒いねん。だだ滑りや。化け猫やの魔女やのお姫様やの……アホか。
政晶は、擁壁に顔を向けたまま目を閉じた。
父が訛のない声でまだ何か言っているが、聞き流す。
新学期。
キリのいい節目とは言え、転校生。しかも、外見と方言で周囲から浮くこと必至。帝都で目立たず普通に暮らせるのか。
政晶の父は三十代前半。母は五十代で、親子程離れた年の差夫婦だった。
母は商都の老舗企業役員、父は帝都で起業したベンチャー社長。
それぞれ仕事の都合で離れて暮らしていると言っていたが、政晶には、どこまでが本当なのか測り兼ねた。
仕事人間の父は、元々居ないも同然だったが、母は違った。
政晶を常に気に掛け、仕事の合間にきちんと「母親」をこなしていた。政晶が病気になれば、仕事を休んで看病してくれた。
その母がもう居ない。
先々の不安が重くのしかかる。
……髪の毛、黒染めさしてくれたらえぇのに。かぶれるからアカンて……そんなん、やってみなわからんやんか。転校生でこんな目立って、いじめられたらどないしてくれんねん。
政晶の母は、生まれも育ちも商都の近隣にある神扉市だ。
その影響で、政晶の言葉も商都弁とはやや異なる神扉弁で、商都の学校では外見の他、些細な言葉の違いを笑われることが度々あった。
帝都の言葉は、商都とも神扉とも全く異なる。
古老はかつての東国訛を話したが、政晶の親世代以降は、語彙も発音も日之本帝国の標準語に近い。
……絶対、標準語で喋ろ。方言で喋ったら、なんかおもろいこと言えとか、いじられるに決まっとうゎ。僕はみんなと一緒に……普通にしときたいだけやのに。
ふと、母の言葉を思い出し、胸にチクリと痛みを覚えた。
……母さんも葬式せんでえぇとか、身内と縁切っとうとか、大概変な人やったけど、コイツはもっとアレやな。ヘンコ同志、似た者夫婦言う奴やったんやろか……