24.王子
宗教が、政晶に腕輪を見せた。
叔父の折れそうに細い右手首で、銀の野茨が輝いている。中心に花、その左に葉、右に実。
政晶にも見覚えのある意匠だ。
自身の左腋の下に全く同じ形の茶色い痣がある。
幼稚園児の頃、風呂で父の腰にも同じ痣を見つけた事を思い出した。
左右どちら側かは失念したが、自分にもある印象的な形は、よく憶えている。
父と同じなのが何故か嬉しくて、風呂上り、体も拭かず母に自慢した。
母はバスタオルで政晶を拭きながら、笑って言った。
「さよか。お父さんとお揃い、よかったなぁ。ほんでも、皆には内緒にしとこな」
「えー、なんでー?」
「なんでも。政晶がおっきなったら、教えたげるからな。それまでは、お父さんとお母さんと、政晶だけの秘密な。誰にも内緒やで」
「えー、センセにも内緒なん?」
「先生にも内緒やで。約束な。絶対、誰にも言うたらあかんで」
その後、成長するにつれて、秘密の意味が徐々にわかってきた。
自然にはあり得ない形なので、刺青だと思っていた形。
水泳の日は、絆創膏を貼ってひた隠しにした、忌々しい痣だった。
……いや、ちょっと待って、そしたら僕もそのナントカ言う国の……
「ムルティフローラ王家の血筋の目印で、関係ない人との結婚が七代続けば、消えるんだって。えーっと、君の曾孫には出ないよ」
政晶は呆然としたまま、宗教の言葉に頷いた。
言語的な意味は理解できるが、内容が理解の範疇を超えている。
執事がお茶のおかわりを持って戻ってきた。
冷たい麦茶で唇を湿らせた大使が、説明を続ける。
「我が国では、王家の血族の中でも、基準以上の魔力をお持ちのお方にのみ、王位継承権が授与され、王族と認められます。このお家の中ですと、こちらの黒山羊の王子殿下が王族であらせられます」
大使が叔父を改めて紹介した。
叔父は笑いながらそれを否定する。
「えー……? 僕、王子じゃないよ?」
……えっ? おっちゃん、やっぱりお姫様……?
「王子って【王様の息子】でしょ? 僕、王様の玄孫だから王子じゃないよ」
「この国の言葉で【王子】とは【王位継承権を持つ男子】と言う意味だそうです。従って、あなた様は王子様です」
「えっ? そうだったの? ずっと違うと思ってた」
王子様と大使閣下の間抜けな遣り取りを、近衛騎士が冷ややかな目で見守っている。




