20.魔法☆
巴准教授が唐突に話題を変えた。
「あ、そうだ、名前。十五歳になったら自分で好きな名前に変えられるんだって」
「えッ? マジっスかッ?」
友田鯉澄が全力で食いついた。
「僕はよく知らないけど、前に経済が調べてたんだ。色々条件はあるけど、家庭裁判所で手続きするんだって。手数料が何千円か掛かるって言ってた」
……父さんはえぇけど、宗教叔父さんと経済叔父さん……名前で苦労してそうやもんなぁ。
政晶は、宗教の顔をまじまじと見た。
……あれっ? 調べただけで、名前変えてへんの? なんで? 変えた名前がアレなん?
「ありがとうございます!」
友田が立ち上がって最敬礼した。
「名前が嫌だと、自分を好きになれないものね」
巴准教授の言葉に、友田の目から涙が零れそうになる。友田は、細くゆっくりと息を吐いて顔を上げた。
改名には興味なさそうな口ぶりだが、巴准教授は少し寂しそうに微笑んで、友田に座るよう促した。
しばらく中学の話をしていると、人外二人が戻ってきた。
腕環の少女デーレヴォは、近所のおばちゃんのような恰好になっていた。
表情がない為、服を着ても生々しいマネキンのままだ。
巴准教授は、執事に支えられて立ち上がり、杖を手に取った。
戸口に立ったままのデーレヴォに近付き、杖の先端にある黒山羊で彼女の肩に触れる。
「じゃあ、この服を同期させるね」
友田が頷くと、父と同じ顔の巴准教授は、可愛い声で呪文を唱えた。
初めて耳にする不思議な響きの言葉だった。
今、目の前に本物の魔法使いがいる。
叔父が魔法を使っている。
全身に鳥肌が立つ。
感動なのか、恐怖なのか、興奮なのか。
自分でもわからない感情が、政晶の全身を駆け巡った。
長いような短いような詠唱が終わり、魔法使いの巴准教授は、杖の石突きで、床をトントンと打った。
デーレヴォには、目立った変化はない。
「服を同期……えっと、霊的に固定したから、腕環から出し入れする度に服を着せなくてもよくなったよ。着替えもできるけど、これ以外の服は、腕環に戻した時に脱げて、次に腕環から出したらこの服に戻ってるからね。一応、確認の為に戻してくれる?」
巴准教授の説明に最敬礼で応え、友田が質問した。
「ありがとうございます! えっと、戻すって……どうやればいいんでしょう?」
「腕環に戻るように命令するか、腕環を外せばいいと思うよ」
友田は無言で腕環を外した。デーレヴォの輪郭がぼやける。
全身が色付きの靄になり、あっという間に腕環に吸い込まれて消えた。
「もう一度出して、どんな機能があるか聞いてくれる?」
言われるまま、友田は腕環を着けた。
先程と同様にルビーが輝き、靄が渦を巻く。
反射的に目を逸らす。友田と目が合った。
「大丈夫。成功してるよ」
巴准教授に声を掛けられ、デーレヴォを見る。
服を着ていた。
友田が巴准教授に礼を述べ、デーレヴォに質問する。
「姿を消すこと、壁を通り抜けること、空を飛ぶことができます。ご主人様」
「あれっ? 家事用かと思ったんだけど、諜報用だったのかな?」
腕環の答えに、巴准教授が首を傾げた。
「まぁ、どんな機能でも使う人次第だからね」
「使う人次第……」
二人同時に首を傾げると、巴准教授はやわらかな笑みを浮かべて説明してくれた。
「例えば、ボールペンは筆記具だけど、使い方によっては物理的に人を殺す凶器にもなるからね。どんな道具も知識も、使う人によって良いことにも悪いことにも使える。この腕環を凶器にしないように気を付けて使ってね」
友田は何度も礼を述べ、「最悪な母親」が居る家に帰って行った。
その夜、政晶は幾つもの疑問が解消し、久し振りにすっきりした気分でベッドに入った。
……おっちゃんは帝国大学の先生で、ホンマに魔法使いで、執事さんは執事さんやのうて、おっちゃんの使い魔で……えーっと、化け猫で、おっちゃんが飼い主やから「ご主人様」言うて、父さんらには懐いてへんから、言う事きかへんし、あんな態度なんや。ポテ子は大きいても普通の犬やから、そらまぁ、化け猫は恐いわなぁ……
明かりを消した部屋で、天井を見詰めたまま、考えをまとめる。
……そしたら、高祖母ちゃんもホンマに魔女なんやろな。双羽さんが何や知らんけど恐かったんも、魔女やったからなんや。




