02.母親
車窓の向こうで、灰色の遮音壁が単調な模様になって流れて行く。
数日前まで病院のベッドに横たわっていた母は、治療の副作用で髪が抜け、土気色の顔を政晶の方に向けて目を閉じていた。
腕に点滴、鼻にチューブ、弱々しい呼吸。
子供の目にも、秒読み段階に入っていることが明らかだった。
母は、昨秋から半年余り入院していたが、治療の甲斐なく亡くなった。
入院直後、母は政晶に父を呼ぶよう言っていたが、政晶は、どうせ呼んでもこないから、と連絡しなかった。
年末になってようやく、入院を知った父は、政晶には何も言わず、ただ、病床の妻を見て溜息を吐いた。
正月休みが明けるとすぐ、政晶を商都の家に残し、会社のある帝都に戻った。
その仕事人間の父が、ここ一月近くは商都の家に留まり、毎日面会時間の最初から最後まで、母の病室にいた。
政晶は、部活を休んで学校帰りに母の病室に通い、父と共に帰宅した。
母の強い要望で、葬儀は行わなかった。
役所で手続きを済ませた後、火葬した遺灰を父と二人で、海に撒いて終わった。
母と二人で住んだ商都は、古くは「水都」と称した。
街には、大河の支流と運河が縦横に張り巡らされ、人や物資を満載した無数の船が、内陸と海港の間を行き交っていた、と歴史の授業で教わった。
現在では、鉄道やトラック等の陸運に取って代わられ、運河の多くは埋め立てられた。地名が僅かに往時の名残を留めているに過ぎない。
父と二人で現役の運河を辿り、客船用の埠頭から、母だった灰を海に還した。