19.塩湖☆
ラキュスは、日之本列島の西に位置するチヌカルクル・ノチウ大陸にある世界最大の塩湖だ。
周辺には政晶達と同じ「陸の民」の他、髪が緑色の人種「湖の民」が棲息している。また、人間よりも魔物が多く、危険な国が多い。
ラキュス湖南岸に位置する湖南地方には、科学文明と魔法文明を折衷する「両輪の国」と、純粋な魔法文明国が混在し、その多くは長く続く民族紛争で疲弊し、国力が衰退している。
湖東地方も同様。
湖北地方は、魔法文明国のみ。
紀元前に湖北地方で栄えたプラティフィラ帝国時代には、遠方の国とも交流があった。
現代の魔法文明国は、殆どが鎖国政策を採るが、湖南地方の魔法文明国は、いずれも国連に加盟し、諸外国と交流を持っている。
湖西地方は、どこの国にも属さない砂漠地帯で、獰猛な魔物が極めて多く、人の居住に適さない。
プラティフィラ帝国時代は、魔法文明が中心だったが、大破壊によって幾つもの国が消滅した。湖西地方もそんな地域のひとつだ。
大破壊をもたらした「三界の魔物」が封印された年を紀元元年とし、現在に続く「封印歴」の時代が始まった。
印歴紀元後には、魔法文明が衰退し、科学文明が台頭した。
記録によると、紀元前の人類は、基本的に魔法を使う能力を持っていた。しかし、紀元後に生まれた人々の多くは、その力を持っていない為だ。
その原因は、未だに解明されていない。
現在の魔法使いの分布は、地理的な偏りがある。
例えば、政晶たちが住む日之本帝国には、殆どいない。魔法の代替手段として、誰にでも扱える科学技術が発展した。
一方、湖北地方のプラティフィラ帝国は、三界の魔物に滅ぼされたが、現在は同じ場所にその流れを汲む七つの魔法王国がある。
……えー、封印同盟七王国って、何処と何処やっけ? 先生、期末に出す言うとったよな?
政晶が地図を思い浮かべる横で、友田は何度も詰まりながら、教わった通りに命令した。
デーレヴォは、自動応答のように無機質な返事をして、執事について行った。
使い魔と魔法の腕環が見えなくなると、政晶は大きく息を吐いた。
「ホントすみませんでした。使い魔って……怒るって言うか、感情があるんですね」
友田は、政晶が言い出せずにいた疑問を、当たり前のように自然に口にする。
教室では空気だが、ここでは生き生きとしていた。
「ん? うん。使い魔には色々種類があるけど、基本的に生き物だからね。魔物でも動物でも魔法生物でも、心と自分の意思は、持ってるんだよ」
巴准教授は、自分の著書を読んでいる友田に補足説明をした。
基礎知識のない政晶には、何を言っているのか、よくわからない。
「ゴーレムにも感情や表情を与えることは可能だけど、お勧めはできないなぁ……」
「できるのにダメって……何故ですか、先生?」
「感情は心のエネルギーで、表情はその表出。表情を出すのも抑えるのも、とっても大きなエネルギーが必要なんだ」
友田が首を傾げる。
「普通の人はそれを無意識に行ってるから気付かない。でも、お仕事とかで怒ってるのに怒ってないフリをして、ストレスで体調を崩す人って多いよね? そう言う人たちは心的エネルギーの歪みが原因で病気になってるんだよ」
友田は、わかったような顔をして何度も頷いた。
「借り物だって言ってたし、家電と同じくらいの気持ちで使うといいよ」
「何で? 魔物でもおっちゃんとクロみたいに仲良うできるん違うん?」
政晶が叔父に聞いた。
さっき執事は、あんなに感情を露わにしていた。
心と意思があるのなら、それを無理に抑えつける方が不自然ではないのか。
「ゴーレムに感情を作らせて表現させるには、大量のエネルギーが必要だからね。友田君は体力で使うから、過労で倒れちゃうよ。余分な機能は使わないで、用のない時は腕環も外した方がいいだろうね」
友田は、明らかに落胆していた。だが、すぐに気を取り直し、明るい表情に戻る。




