11.班長☆
始業式の翌日。
授業は午前中で終わり、後は清掃して帰るだけ。
掃除の班は、男女三人ずつの計六人。今週は本校舎の東階段担当だった。
政晶は、ここでも女子三人から質問責めにされたが、黙々と掃除を続け、顔を上げることなく、足下のモップの動きだけを見ていた。
それでも女子達は、誕生日、血液型、好きな色……と、あれこれ質問を浴びせた。
政晶は、当たり障りのない質問にだけ答え、そうでない質問は、曖昧な態度でやり過ごした。返事は勿論、単語だ。
「水捨ては重いから、俺らが行く。女子はゴミ捨てに行ってくれ」
西代班長が返事も待たず、政晶の手を引いて手洗い場へ向かった。
友田がバケツを持って後を追う。
「あいつらしつこいよな。個人情報保護法とか知らねーのかよ」
バケツの中で雑巾を洗いながら、西代班長が言った。
政晶は小さく頷いた。友田も頷いて同意を示した。
「巴さ、イヤだったらイヤって言えよ。一発ガツンと言ってやりゃ、あいつら黙るし」
……陰で「サイテー」とか言われるやろけどな。でも、いっそ、その方がえぇかもな。
政晶は、雑巾を絞りながら黙って頷いた。
「お前、大人しいなぁ。言い難かったら俺が言ってやろうか? 班長として」
「……うー……ん……」
政晶は、否定とも肯定ともつかない曖昧な声を出し、雑巾を広げた。
厚意は嬉しいが、実行すれば、西代班長の立場が危うくなる事が目に見えている。
政晶は態度を決め兼ねた。
西代班長が困った顔で友田を見る。友田は、外国人のように肩を竦めてみせた。
……みんなが転校生に飽きるまでの辛抱や。目立つような事はしたらあかん。部活も参加強制やないんやったら、いらんゎ。
西代班長などの一部例外を除いて、男子の態度は冷ややかだ。
今はまだ、女子の目を気にして直接手出しはせず、様子見されている段階だが、「女子にちやほやされて調子に乗っている奴だ」と思われたが最後、集中砲火を浴びる。
政晶は毎朝、自分が入った瞬間、教室の空気が変わるのを感じていた。
色めき立つ女子と、互いに牽制し合う男子の緊張感。
決して、政晶の自意識過剰ではない。
確認、鑑賞、様子見、警告、観察、警戒、牽制……
複雑な意図を込めた視線が、同級生の間をちらちらと交錯し、政晶を取り込み、何事もなかったかのように元の位置へ落ち着いた。
いたたまれなかったが、登校拒否になる訳にはいかない。
出席番号順で同じ班になった友田は、殆ど喋らない空気のような少年だった。
政晶のすぐ後ろの席で、自己紹介では「友田鯉澄です」と、名前だけ言って席に戻った。
名前以外に変わった所はなく、黒髪で、日之本帝国人らしい平凡な容姿と、大人しい態度。
教室の中で完全に存在感を消し去り、教員と委員長の赤穂、西代班長以外からは「居ない者」として扱われている。
政晶は、友田が心底、羨ましかった。
……あぁやって、誰にも何も言われんと、そっとしといてもらえて、えぇなぁ……自分も変な目ぇで見られたり、特別扱いされん「空気」になりたいわ……
政晶は商都では陸上部に所属していたが、体育の時間は目立たないように、全力で頑張っているフリをして、手を抜いた。
友田を基準に、平凡な成績を心掛けた。
既に外見で女子にちやほやされている上、運動もできることが男子に知られると「調子に乗っている」の烙印を捺される。そして、確実にいじめられる。
それだけは、何としても避けたかった。




