01.転居☆
灰色の擁壁に囲まれた道は、前しか見えない。
その前方も、大型トラックの荷台に塞がれ、先を見通す事は出来なかった。高速道路の遮音壁とトラックの荷台の隙間から、三月のぼんやりとした空が覗く。
引越しの荷物を積んだ軽トラは、住み慣れた商都を深夜に出発し、帝都に向かっていた。
「政晶、起きたのか」
「……うん」
ハンドルを握り、前を向いたままの父が、一方的な説明を始めた。
「じいちゃんとばあちゃんが、ずっと前に亡くなったのは言ってたよな。父さんな、三人兄弟の長男なんだ」
「……」
「……って言っても三つ子だから書類だけの長男なんだけどな。三人とも顔は同じだけど、声は全然違う。父さんが一番低くて、真ん中の経済は中くらいで、宗教は、声変わりしてなくて女の子みたいな声のままなんだ」
「……」
「経済と宗教は結婚してなくて、父さんと一緒に実家に住んでて、経済は父さんの会社で技術部長として働いてる。宗教は帝国大学の准教授」
政晶の返事がないことに頓着せず、父は前を向いたまま、これから共に暮らす家族の紹介を続ける。
「それから、宗教は心臓とか色々悪くて月見山さんっていう看護師さんと、双羽さんって言う人が、住み込みで世話してくれてる。家にAEDがあるから、政晶も一応、使い方覚えといてくれ」
助手席の政晶は、前を向いたまま無言で頷いた。
父の言葉に頷きはしたが、内心、中坊の自分がどうこうするより、そのプロの人らに言うたらえぇやん、とツッコんでいた。
「後、うちには犬……ロットワイラーのポテ子と、クロって言う黒猫が居るんだけど、政晶って犬とか好きだっけ?」
「……普通」
質問には一応、答えを返したが、政晶には「ロットワイラー」がどんな犬種なのか、見当もつかなかった。
……自分の息子が犬派か猫派かも知らんのか。仕事人間のクソオヤジが。まぁ、猫、居るんやったら、犬なんかどないでもえぇゎ。
「普通……か。ポテ子は番犬として躾てあるから、政晶に馴れるまで一人で触っちゃダメだぞ。触る時は必ず父さんが一緒の時にな」
軽トラが標識みっつ分くらい走った頃、父は思い出したように付け加えた。
「それと、クロには絶対に触るな。あれは宗教以外、誰にも懐かない化け猫だから、絶対に触るなよ。腕喰い千切られても、父さんじゃ助けられないから。いいな?」
……化け猫……? しょーもないギャグかますなや。腕喰い千切る猫てなんやねん。黒豹か。
政晶は思わず運転席の父を見たが、相変わらず前を向いたまま表情を変えることもなく、ハンドルを握っていた。
「同じ瀬戸川区内に叔母さんたちも住んでるから、落ち着いたら会いに行こうな。叔母さんは、政晶から見たら祖父の妹……大叔母さんに当たる人だ」
「……」
政晶は頭の中に家系図を描いてみたが、ピンとこなかった。
「父さんの従姉妹は女ばっかり三人。みんなこんな髪の色。曽祖母ちゃんの血が強いんだろうな。あ、曽祖母ちゃんって、政晶から見たら高祖母ちゃんだな」
政晶も父も生来、干し草のように明るい茶髪だ。
中学入学直後に、黒く染めるよう指導されたが、その頃はまだ元気だった母が、学校側に抗議して、そのままになっている。
ハンドルを握る父の横顔は彫が深く、瞳は青み掛かった灰色。
身長も周囲の大人より高く、日之本帝国人離れした容貌が人目を引く。
一人息子の政晶には、黒髪で小柄で愛嬌のある典型的な日之本顔の母の要素は、かけらもない。
父を縮小コピーしたようにそっくりだった。
……男の子は、母親に似るんちゃうんか。なんでやねん。
政晶は、母の最期の顔を思い出し、左を向いた。