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8.星空の駅

 やがて、とっぷりと日も暮れてしまい、汽車の外はあっと言う間に真っ暗になってしまいました。

 星が、その深い藍色の天井で瞬いています。でも、アンジェレッタにはどの光が一番星だったのか分かりませんでした。だって、みんないっせいに、わっと飛び出してきたんですもの。

 二人が星空をもっとよく見ようとした時、汽車がその速度をゆっくりと落とし始めました。大きな震動も、耳に入る音も無いままに、汽車は小さな駅に止まろうとしているんです。天井で揺れる夕陽色のランプは、窓からその駅舎の白い柱を微かに照らし出していました。

 静かに、本当に静かに汽車は停車します。二両しかない汽車にふさわしい、とっても小さくて可愛らしい駅なんです。でも、温かな夕陽色の光に照らされてはいても、誰もいない駅はちょっぴり恐い感じがしています。

「降りてみようか、アンジェレッタ」

 でも、ラッセンは平気な顔でそう言ってくるんです。にっこり笑ってるんです。

「ラッセン…」

 微かに声を押し出した瞬間、少し震えている細くてしなやかな指先を、ラッセンはしっかりと握ってくれました。

 ……えぇ、ラッセンと一緒なら、恐いことなんて何もありません…

 真っ直ぐに、アンジェレッタはラッセンの顔を見上げて微笑んでいました。


「ほら、気を付けて」

 通路を抜け、扉から降りる時、ラッセンが先に立って足を踏み出しています。そのつま先が石の床に触れた途端、アンジェレッタは高く澄んだ、でも音にはなっていない《音》が周囲に広がった気がしました。それと同時に、ラッセンの足を中心に、青い光の輪が広がり始めたんです。

「うわぁ…」

 その透明な青の光で駅全体が輝いていくのを、ラッセンは茫然とした顔で見つめていました。駅に降りることなんて、すっかり忘れてしまっています。青白く、駅の内側から放たれる光は、そんなラッセンとアンジェレッタをそっと、でも温かく包み込んでいました。

 どれだけの間、動かずそうして見つめていたのでしょう。アンジェレッタにもラッセンにも、よく分かりませんでした。でも、『何か』が二人を同時に動かしてくれたんです。ラッセンはもう一つの足もホームに下ろすと、アンジェレッタを振り返りました。

 …なんて綺麗なんでしょう! ラッセンは、少しの間、息をすることも忘れてしまいました。何だか、初めてアンジェレッタを見るような気がします。そのアンジェレッタがそっと白くて美しい足を駅に下ろした瞬間、今度は青白い光の中に無数の煌きが生まれてきました。

 銀色の星達が、空の仲間に負けないよう、一生懸命に輝いています。青い光に抱かれながら、その地上の星屑達はアンジェレッタの姿をいっそう綺麗に照らし出していました。

(アンジェレッタ……)

 少し驚きながらも、微笑んでホームに降り立っています。でも、じっと自分を見つめたまま黙っているラッセンに気付くと、アンジェレッタは恥ずかしそうに視線を落としてしまいました。

「どうしたの…ラッセン?」

「ううん、その……綺麗、だよ…アンジェレッタ」

「ラッセン…!」

 二人とも、これ以上無いくらい真っ赤になってしまいます。でも、その時、アンジェレッタは自分でも驚いたことに、少し濡れた瞳でラッセンを真っ直ぐ見上げていました。

「ありがとう…ラッセンも、とても素敵よ…」

 虹の海辺でも、ラッセンは同じ言葉を言ってくれました。でも、同じ言葉なのに…『同じ』ではないんです。アンジェレッタには何が違うのか分かりませんでしたが、今のラッセンの言葉の方が、もっともっと嬉しかったんです……

「ありがとう…じゃぁ、行こうか」

「えぇ」

 アンジェレッタはラッセンに安心して手を預けると、その腕に少し寄りかかりました。ラッセンも、力強く抱え込んでくれます。

 二人は、そっと、でも確かな足取りで駅舎から草原へと歩いて行きました。

 駅から伸びる細い砂利道は、真っ直ぐ、小高い丘へと続いています。道の左右には、アンジェレッタと同じくらいの丈をした木が並んでいて、じっと、何も言わずに歩く二人を見つめていました。

 やがて、不意にその並木が無くなってしまいます。それと同時に、アンジェレッタとラッセンの目には無数の星の輝きが飛び込んできました。さまざまな色をした砂粒が、広い天井にびっしりとまき散らされているんです。しかも、これらの星は二人が知っているどんな星とも違っている気がします。もっと、若々しくて、明るくて、大きいんです。星達の並びも、二人には見慣れないものでした。

 足下からは、しゃらしゃらと砂利を踏む音が立ち上ってきます。

 二人はずっとそんな星達の煌く空を見上げながら、丘の上まで来るとようやく足を止めました。

 何も言わずに、そっと腰を下ろします。

 鮮やかに瞬く光は、アンジェレッタの青い瞳とラッセンの黒い目を捕まえて、なかなか放そうとはしてくれませんでした。

「凄いね…星って、こんなにたくさんあったんだ」

「えぇ…」

 何だか、これだけじっくりと夜空を見上げたのは久し振りな気がします。とっても綺麗で、懐かしくて…ほら、もうすぐそこに、手が届く所に見えているんです。ちょっと背伸びをすれば、きっと頭をぶつけてしまうに違いありません。

 そんな感じがするからでしょうか。アンジェレッタもラッセンも、とても小さな声で話していました。そして、時々、お互いを真っ直ぐ見つめては幸せそうに微笑みを交わしています。

 その時、東の空から少し青白い光が広がり始めました。

 大きな翼は天井を駆け上り、星の輝きを僅かに弱めてしまいます。

 アンジェレッタとラッセンが驚いて目を向けた途端、波打つ丘の上から、不意に一筋の銀色の光芒が走り出しました。

 月が昇ろうとしていたんです。

 どんどんと強くなる銀色の光の波に照らされながら、アンジェレッタもラッセンも、ふと口を閉ざして黙り込んでしまいました。

 とっても遠い『時間』が思い出されます。

(わたしが、初めてラッセンを見た時も……)

 えぇ、そうです。その時、ラッセンは銀色の月の光の中で、少し寂しそうに踊っていました。今と同じように、綺麗な月の夜にアンジェレッタは初めてラッセンと出逢ったんです。

 ラッセンも、覚えています。アンジェレッタのために教会へ行った時、月はその銀色の腕でそっと見守ってくれました。アンジェレッタのお兄さん、フィオラに会った時にも、月はその後ろで輝いてくれていたんです。

「…いろんな事があったね……」

 随分としてから、ラッセンはそう呟きました。アンジェレッタも、そっと頷きます。

「えぇ…楽しかった事も、そうでなかった事も…本当に、たくさんあったわ…」

 そう言ったアンジェレッタを、ラッセンは真面目な顔で見つめました。

「ううん、違うよ。アンジェレッタ…今から思えば、どれもが楽しい事ばかりだったんだよ」

 そんなラッセンを見上げながら、アンジェレッタは少しだけ恥ずかしそうに囁きました。

「…そうね……」

 再び、沈黙が二人を優しく包み込んでしまいます。

 その間も月は昇り続け、黙ってしまったアンジェレッタとラッセンにそっと青い波を送り出していました。

 沈黙は、どれだけの間、二人の『言葉』を伝えたことでしょう。黄金の揺らめきに纏われた声無き存在は、二人の心をそっと往復しては、いっそうその煌きを増していきます。

 その『言葉』に抱かれながら、やがて、ラッセンは大きな決心をしました。

 静かに、ポケットの中に手を入れます。でも、驚いたことに、そこには目的のものしかありませんでした。あの、アンジェレッタのお兄さんからもらった紙切れが無くなっていたんです。

 少し、手を止めてしまいます。でも、ラッセンは一人で小さく頷くと、そのまま手を握り締めてポケットから出しました。

 えぇ、ラッセンには、何だかあの紙が無くなっても当たり前のように思えたんです。あの紙は、もうラッセンのポケットに存在する理由が無くなったんでしょう。

 ラッセンは手をしっかりと握り締めたまま、その黒く澄んだ瞳に真剣な色を浮かべ、隣りに座るアンジェレッタを見つめました。

「アンジェレッタ…」

「どうしたの、ラッセン……」

 清らかな青の瞳が、真っ直ぐに見つめ返してくれます。その前で、ラッセンは大きく息を吸い込むと……手をそっと差し出しました。

「これを…受け取ってもらいたいんだ……」

 アンジェレッタは、そこに可愛らしい髪飾りを見付けていました。

 えぇ……ラッセンがエルサ姉さんのために、何ヶ月もかかって作り上げた、あの髪飾りなんです……

「ラッセン…!」

 これは、ラッセンにとって、ものすごく大切なものなんです。それを……

 なんて言えばいいのか分からずにいるアンジェレッタの前で、ラッセンは静かに、ゆっくりと噛み締めながら言葉を紡ぎました。

「…僕は、アンジェレッタと一緒にいたいんだ…ずっと、ずっと一緒にいたいと思ってる……だから…今は、これをアンジェレッタに着けてもらいたいんだよ」

 えぇ……勿論、エルサ姉さんを忘れるつもりなんかありません。でも、姉さんは姉さん、アンジェレッタはアンジェレッタなんです。今は、ラッセンはアンジェレッタにこそ、この髪飾りを着けてもらいたかったんです…

 もう、それ以上はうまく声に出来ません。でも、『言葉』はラッセンが考えているよりも、もっと多くの事をアンジェレッタの胸に届けてくれました。

 それでも……アンジェレッタはしばらく迷ってしまいました。自分に、この大切な髪飾りをもらう資格があるんでしょうか…

 アンジェレッタはその視線を手の中の髪飾りから、ラッセンの瞳へと移しました。そこには、深くて重い…今までに見たことが無いくらいに真剣な光が宿っているんです……

「…………」

 黙ったまま、アンジェレッタはそっとラッセンの手を、自分の両手で包み込みました。そして、その手の温もりを惜しむように、ゆっくりと指を放していきます。髪飾りを伴いながら……

 微かに濡れた青い瞳は、じっと髪飾りを見つめています。

 ラッセンも、何も言えません…

 また、しばらくの時間が流れていきます。

 やがて、アンジェレッタはその髪飾りを、左耳のすぐ上に留めていました……

 ラッセンは、何も言えそうにないのに…でも、何とか言葉を見つけ出そうとしていました。そして、少し震えながら見上げてくるアンジェレッタに向かって、ようやく短い言葉を押し出したんです。

「『大好き』だよ、アンジェレッタ…」

「…わたしもよ、ラッセン……」

 頬を淡く染めながら、でもアンジェレッタは目を逸らさずに囁いていました。

 ずっと、ずっと…二人は互いの瞳を見つめ続けています…

 ……やがて、アンジェレッタはそっとラッセンの肩にもたれかかっていました………


 月の光は、新しい『時間』に改めて認められた二人を、その銀色の幕で柔らかく包み込んでいきます。アンジェレッタとラッセンの心の中には、その波の煌きが、いつまでもいつまでも広がり続けていました。

                                                                       『星空の駅』おわり


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