救えない
鈴木に誘われて部屋に行くと、田中が先に呑んでいた。
上司や先輩の愚痴だったのが、いつのまにか怪談になっていた。
「あれは二年ぐらい前、秋の終わりの頃だった。
その頃付き合ってた彼女と北にドライブしてると、わりと大きめで水草がやたらと生えた池があってな、ずっと車で走ってて疲れてたから、ちよっと寄ることにしたんだ。
車停めて池の周り歩いてると、寂れたボート屋があってな、近くに他の店も無いし、ほんとなにも無い所でな、有るのは池の中から生えた草ばっかりだった。
車に戻る気にもなれなかったんで、ボート借りて乗ることにしたんだ。
水草がちょっとした迷路みたいになっててな、そのうえ辺りに霧がでてきたんだ。
そのせいか、やたらと寒くてそろそろ戻ろうかと思ってると、オールに藻がやたらと絡んできてな。
それがやたらと細くて、黒くてな。
漕ぎづらくなってきたんだ。
しゃあないから藻を取ってみると、なんか本当に髪の毛みたいでな。
辺りはやたら寒いし、彼女も気味悪いって言いだしてな。
水草の塊ってるとこ、ぐるって回って戻ろうとしたんだ。
すると左のオールが急に重くなってな。
力任せに引っ張りあげると、黒い塊が浮かんできてな、それが髪の長い女だった。
それがこっちみてニイッて笑ってな。
二人して悲鳴あげて逃げたんだ。」
「・・・それで、」
「いや、それだけだけどな。」
「・・・・・・」
「いや、ほんと怖かったんだって。」
「・・・例えばそこが自殺の名所とか、恋人に捨てられた霊がさまよっているとか。」
「知らねえよ! 気味悪いから逃げだして二度と行ってねえよ!」
「いや、そこ調べてオチつけないと。」
「・・・お前な、その場にいなかったから言えることだぞ。
ほんと薄気味悪かったんだからな。」
なぜか鈴木が何か言おうとして、口ごもるが、すぐ
「何もなかっんだから良かったじゃないのか。」
それで、その話は終わりになった。
それで、そのままお開きになったのだが、なんだか鈴木の様子が気になって、部屋に行ってみた。
珍しい事に、鈴木が一人で呑んでいた。
呑むときは誰かと、出来ればそいつのオゴリで、という奴だったので。
「なんだよ、お前ああいうの苦手だったのか?」
「・・・ああ
あんな怖い話初めて聞いた。」
「・・・え?!
お前スプラッターとか平気で見てるだろ。
それとも、実体験聞くのは駄目とか?」
「・・・さっきの話だけど、もしあれが本当の話だったら?」
「女の幽霊?」
「じゃなかったら?」
「なんだそれ?
どうせマネキンとか人形とかだろ?」
なぜか知らないが、やたらと怖がってるので、気楽な口調で言うと、鈴木は妙に重いため息をついた。
「田中には言うなよ。
さっきのあれが人間だったら?っていう話だ。」
「・・・は?
なにそれなんだよそれ?」
「俺もさ、マネキンや人形だったらいいと思うんだけどな、もしもあれが人間だったらって・・・
事故なのか、自殺だったのかわからないけどな、冷たい水の中で藻が絡み付いて、動けなくて『ああ、このまま死ぬんだ』って思ってるときに、引っ張りあげられて『助かった』って思って、微笑みかけたら突き放されて・・・どんな気持ちだったろうなって、」
「くれぐれも田中には言うなよ。
二年前ってことは、もうどうしようも無いってことだ。
悪気があったわけでもないし、もしかしたら本当にマネキンや人形だったのかもしれないしな。」