氷姫
「わお……あれ、Sクラスの『氷姫』じゃん。すげー可愛いんだけど」
急に身を乗り出すケートにつられて、視線を中庭に向ける。
そこでは、編入生が一際美しい一人の少女に声を掛けているところだった。
青みがかった銀色の長い髪は風に揺られ、太陽の光を弾いてキラキラと煌めいている。
青紫色の瞳は絶対零度の視線を編入生らに向けていた。顔には何一つ表情を浮かべておらず、人に冷たい印象を与えている。
「ひょうき?」
ケートの視線先の状況から、彼女を指し示すであろう聞きなれない言葉に、疑問系で繰り返す。
「あれ、もしかして知らねぇの?かなり有名なんだけど」
「あの子?」
「そっ。本名はユイ、Sクラス所属で、通称『氷姫』、氷の姫と書いて氷姫」
「何で氷の姫なんだ?」
「いつも無表情で、誰に対しても冷ややかな態度。でもすんげー可愛いから、そこがまたいいって評判で付いた渾名だよ」
「ふぅん」
「でも珍しいわね、レイが他人に興味を示すなんて」
「そりゃあーーー」
「おおっ!」
他人じゃないし。
そう続く筈だった言葉はケートが上げた歓声によって掻き消されてしまった。
中庭に視線を向けると、『氷姫』と呼ばれる子が編入生らに背を向けて立ち去るところだった。
その背中を、編入生はやや傷ついた表情で、他の子達は睨み付けながら見送っている。
「何があったの?」
不思議そうに首を傾げるミリアに、ケートが興奮気味に説明する。
「『氷姫』がロイの手を振り払ったんだよ」
出て来た名前に一瞬戸惑い、そういえば編入生そんな名前だったなぁ、と思い出す。
「流石『氷姫』のユイちゃん、ロイの王道主人公パワーに惑わされなかったか」
自分のことのように得意げに笑うケート。
なんだかんだでミリアの影響を受けている事が今の発言で明らかになったことに、果たして本人は気付いているのやら。
「今はね。きっとそのうち、ロイ君が『氷姫』の氷を溶かしてくれるに決まってるわ、それが王道主人公だもの」
フンッ、と不満げに鼻を鳴らしたミリアは、見えない物語をなぞるようにして続ける。
「王道主人公って言うのはね、何かしらの心の傷や闇を抱えている人に敏感で、その子たちを放っておけなくて手を差し伸べるのよ。そして、それまで誰にも心を開かなかった相手は主人公に光を見いだして、心惹かれていくようになるのよ」
「心の傷や闇……?」
無意識に拾い上げて呟いた言葉に、ミリアが大きく頷く。
「そう、うちのクラスの双子ちゃんみたいにね。あの二人は今まで誰にも心開かなかったけれど、初めてロイ君に見分けられて、心惹かれていったじゃない」
「それってあんまりにも理由が安直じゃないのか?」
聞き流せなくて思わず反撃したケート。
「分かってないわね、瓜二つで今まで誰にも見分けられなくって傷ついていた双子にとって、自分たちを見分けられるロイ君は貴重な存在よ。そんなロイ君を好きになるのは当たり前じゃない」
余裕な態度で迎え撃つミリア。
「貴重かどうかは只の推測で、もしかしたら違うかもしれないじゃん。それに、ユイちゃんがそうなるとは限らないだろ」
「あら、じゃあ貴方にはあの二人を見分けられるわけ?出来ないでしょ。『氷姫』だっていつか心を救われて、ロイ君を好きになっても可笑しくないわ」
「---ぐっ、でもさ、そうならないかもしれないじゃん」
一瞬怯んだのち、慌てて言い募るケート。なんだか敗色濃厚だ。
迫力負けしてる分、もう勝敗は見えているようなものだ。ていうか、一度としてミリアに口で勝ったことがないというのに、懲りねぇな。