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眠れない夜に  作者: ミィ
第一章
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7 モヒート

真理亜はタクシーが動き出すとようやく頭が回転しはじめた。


さっき、田所は何をしたんだろう。


強い目で私を見ていたんだ。


そして、頬に触れたんだ。


田所の指が顎にかかり、親指が口の端に触れたかとおもうとすっと頬を撫でたんだ。


その感触を思い出して、思わず手を頬に当てた。



田所課長の存在は会社では知っていた。


ただ、それだけだ。


先週、初めて近くで見て挨拶をしただけなのに、もう頬に触れている。


何故そんなことをしたのだろう。


私がそうさせたのかしら・・・?


いくら考えてもわかりようがなかった。


でも1つだけ気がついたことがある。


頬に触れられても嫌という感情はわいてこなかった。


単に動けなくなってしまっただけだ。


真理亜はそんな自分にそっとため息をついた。



タクシーが到着して、真理亜は土曜日に引続きBar 桜羽 の扉を押した。


土曜日は特別な営業日だったので、ジンジャエールを飲んだだけでお客が来ないうちに撤収したのだった。


あまり日をおかないうちに1度訪れたほうがよいと判断して、ほろ酔い気分の今日来てみたのだ。


屈託なく佐々木は真理亜を迎えてくれた。


「それにしても、今日はOLって感じだな」


「いつもこんなだよ?」


「髪を束ねるだけでこうも違うか・・・」


「社会人って感じでしょ?」


「あははは、そうだな。お局様って感じだ」


「うっ、当たってるだけに言い返せなーい」


佐々木は真理亜がタメ口で話せる貴重な存在だ。


「今日は何を飲む?」


「どうしようかな。私に似合うもの、何か作ってもらえれば嬉しいけど」


「ん~~、そうだな。何飲んできた?」


「アラン島のモルトを少々」


「そっか。じゃ、ミントは大丈夫?」


「大好きだよ」


「俺のことか?」


「いやだな、ミントですよ」


そんな軽口をたたきながら、佐々木はグラスにミントの葉をたくさん入れ、ラムを注いでモヒートを作った。


一口飲んで、「爽やかでいいなぁ」と真理亜は呟いてグラスを置いた。


「先週は申し訳ありませんでした」


「いや、いいよ。役にたったようで俺も嬉しいよ?」


真理亜はぽつぽつと成瀬とのあの日の経緯を佐々木に話した。


「成瀬って大学の時もかなり噂あったじゃん?あの人だろ?」


「そうなのよ。母親同士が仲がよいので、先日みたいなことになったんだけど・・・」


「それでもここを思い出してくれてよかったよ」


「うん、ほんとうに助かった。感謝してる。成瀬の車に乗ることを考えたら鳥肌出たもの」


「あの人はやばいよ。やばい目をしてた」


「そうでしょ?」


「うん。こういう場所でこういう仕事してるとなんとなくわかるんだよね」


「そっか。私の勘だけじゃなくてよかった。心強いわ。ほんとに有難う」


「ま、これをきっかけに時々は来いよ」


「うん、そうさせてもらうわ」


「今夜はやけに素直だな、真理亜ってば」


佐々木が笑うので、真理亜も笑いながらグラスを見つめた。



佐々木とは大学で知り合った。


同じ学年、学部だったのでよく授業で顔を合わせていた。


長身なうえに細身でスタイルがよく、おまけに爽やかな好青年という雰囲気が女の子の憧れの的であったに違いない。


実際に佐々木はいつも爽やかで親切な好青年だった。


やがて気の合う数人でよく話すようになったり、遊びに行ったりしていた。


佐々木もその仲間だった。



真理亜と佐々木とは一時、ほんの短い間だったけど付き合ったことがある。


なんとなく、付き合ってみる?ってノリで二人で会うことが多くなった。


何度かデートらしいことをして初めてキスしたとき、わかってしまったのだ。


ちょっと違うと。


二人とも同じことを思ったのは明白だった。


笑って彼氏彼女を解消したのだ。


それ以後もふたりは同級生として親しくしていたし、その距離が心地よかった。


卒業して真理亜は今の会社に就職し、佐々木も別の商社に勤めていたが、数年勤務したあと

親の所有するこの場所に店を開いたのだった。


真理亜は何度かこの店に飲みに来たことがあるが、真理亜に付き合う人ができて自然に足が遠のいていたのだ。


あの頃、ここに来なくて正解だったといまさらながら真理亜は思う。


社会人になってから付き合った人は数人居るが、最後に付き合ったのは執着の強い男だった。


真理亜は彼に振り回されくたくたになったうえに、彼の浮気が発覚した。


知ったとたんに開き直おられて捨てられたのだ。


当時彼がこの店を知っていたらきっとこの店にも迷惑をかけていただろう。


最初は優しい人だと思っていたのに、実は低俗で酷いヤツだった。


真理亜を道具のようにしか考えてなかった。


折れた心を癒し再生するまでに、真理亜はひとりで膝を抱え長い時間をかけなければならなかった。


ああいう不毛な想いはもうたくさんだと真理亜は思った。



店が混んできて、佐々木はお客を見送りに出たり、カウンターに入ったり忙しそうにしてた。


「真理亜、しばらくしたら落ち着くから帰るんじゃないぞ?」


と言って、真理亜にモヒートの新しいグラスを出してまたカウンターを出て行った。


ガラスの向こうには散りゆく桜の木がライトアップされている。


地面には落ちた花びらが重なって、まるでピンク色の絨毯を敷き詰めたようになっていた。


風が吹くとまた一斉に花びらが踊った。



しばらくすると店が落ち着いてきた。


やはり終電時間前後が慌しいらしい。


満席に近い店内に静かな時間が流れ始めた。


この店は確か朝まで営業している。


「すまんな、一人にして」


佐々木がカウンターに戻ってきたが、中に入らずに真理亜の隣に座った。


「ううん、桜がキレイでずっと見てたよ」


「そっか。時間大丈夫か?」


「うん。実は最近ここからタクシーで帰れるところなのであまり気にしなくて飲めるんだ」


「じゃ、俺も久しぶりに飲むかな」


「やっぱり仕事だと飲めない?」


「いいや、飲むけどね。でも酔えない」


「そりゃそうだよね」


そんな話をしていると、通りがかったスタッフが「店長、今日は僕達でやりますので、店長はもうあがってください」と声をかけてきた。


「いいのか?」


「はい。大丈夫です」


「じゃ、飲むぞ?」


「はい」


真理亜はそのスタッフに軽く会釈すると、スタッフはきれいなお辞儀をして仕事に戻っていった。


佐々木は真理亜に作ったのと同じ、ミントがたっぷり入ったモヒートを作って飲んでいる。


真理亜がみたところ、ラムの量が真理亜のより団断然多そうだ。



学生の頃に仲が良かった人達の消息を話しながら、さっきの真理亜の暗い顔を佐々木は思い返していた。


カウンターとお客との間を行き来してても真理亜のことをちゃんと見ていた。


今と変わらないように見えても、あの時の顔に現れた影はかなり深そうだ。


真理亜がこの店に足を運んでない時期に何かあったのだろうと思う。


まだ若輩ではあるが、都心のこの界隈で生まれ育っているのだ。


佐々木はいろんな人を見てきた。


ぼんやりと桜を見ているようで実は別の何かをみているような真理亜の目、

表面には出ていないけど何か壊れやすいものを持ってる目が気になった。


そして彼の予感ははずれたことがなかった。






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