Lunch(Ⅲ)
「出なくて大丈夫なのか?」
「あ、メールですから後で大丈夫です」
田所のマンションの玄関でメッセージランプに気がついたので、真理亜のアパートに荷物を置きに立ち寄った時、真理亜はメールを確認していた。
案の定、佐々木から「どこに居るんだ?」という心配そうな内容のメールが3件ほど届いていたので、「二日酔いで今起きました。あとで連絡しますね」という返信を送っておいたのだ。
目覚めた佐々木が連絡してきたに違いない。
「そうか。じゃ、そろそろ行くか」
真理亜はすばやく伝票を取り上げ、「昨夜はほんとうにご迷惑をおかけしました。ここは私に・・・」と言うと、
田所は真理亜をじっと見てから、「じゃ、遠慮なくご馳走になるかな」と言って笑った。
ぶらぶら歩いて帰るという田所と店の前で別れ、真理亜は来た道をゆっくりと歩いてアパートまで帰った。
1時間ほど前に同じ道を田所と肩を並べてベーカリーカフェまで歩いたのが信じられないくらいだ。
少しばかり怖い人だと思っていたが、今日は何度も笑う田所を見て意外に無邪気なところもあると見直した。
大笑いした時の田所を思い出して思わず顔が綻ぶ。
以前に感じたようなうなじのチリチリ感は感じなかった。
アパートに着き誰も居ない部屋に入ると、湿気を帯びた空気が頬を撫でた。
いつもそうするように携帯電話をダイニングテーブルの上に置こうとして、メールをまだ読んでいなかったことに気がつく。
真理亜はすぐにメールを読むか、部屋の空気を入れ替えるのが先か迷ってしまった。
佐々木に向き合うのを少しでも遅らせたい気がする。
それが何故なのかはわからなかったが、田所のことを考えていた頭をすぐには切り替えたくなかった。
部屋の空気を入れ替え洗濯の準備をして、漸く真理亜は携帯電話に手を伸ばした。
『二日酔い酷いのか?今夜会える?』
たったこれだけの文章だったが、真理亜はすぐには返信せずに部屋の掃除を始めた。
ベッドシーツを換え、窓や棚の埃を落とし、掃除機を取り出す。
掃除が済むと、シャワーを浴びて洗濯を始めた。
掃除中につくっておいた麦茶を冷蔵庫に入れて、それから真理亜はようやく腰を下ろし佐々木のメールに返信することにした。
『二日酔いからようやく生還しました。今日と明日は大人しくしています。来週はどうですか?』
普段はメールに絵文字を使わないが、今日は少しばかり絵文字も挿入して送ってみた。
気持ちを空っぽにすることが必要かもしれないと真理亜は呼吸を整え静かに基本のヨガを始めてみた。
少しずつ気持ちが落ち着くような気がして、そのままヨガを続ける。
1時間ほどが経ってようやくいつもの自分を取り戻したような感覚になり、安心してヨガマットを片付けると夕食を作ることにした。




