マール (Ⅲ)
聞けば、賢吾は美紀と付き合いながら秘書課の女性をデートに誘ったのだという。
美紀はそのレストランから出てきた二人を捕まえて引導を渡したらしい。
威勢のいい女の子である。
先日の合コンで感じの良い男性から食事に誘われたので、今日は初デートと言うことだった。
「それはたいへんだったわね」
真理亜は労りの言葉をかけてから、今日の服装がよく似合ってると美紀を褒めた。
こういう場合、服装や美容のことに話を持っていくのが無難だと真理亜は心得ていた。
「その後、斉藤さんと秘書課の人が付き合ってないようなので、
もしかしたら仁科さんと付き合うことになったのかと思っていました」
美紀がそう言うと、隣で奈雅子もうんうんとも頷いている。
「え?それはない、ない」
「そうなんですか?先日から斉藤さんが経理に来て、仁科さんと懇意に話してますし、
仁科さん最近お綺麗になったからてっきり・・・」
「業務のことで話してただけで全然違うわよ?」
「そうなんですか?」
「はい。断固違いますから」
そう言って真理亜は目の前で手を横に振る。
「でも、お付き合いされている方、いらっしゃるんでしょ?」
ストレートに聞かれて、真理亜は一瞬佐々木の顔を思いめぐらした。
「やっぱりそうなんだ」
美紀と奈雅子は顔を見合わせている。
「あ、まぁ、居ないわけではないかな・・・」
真理亜がしどろもどろになっていると、
「同じ会社の方ではないんでしょ?」と奈雅子が聞いてきた。
「ええ、違いますよ」と答えると、
「仁科さんは会社に彼氏が居たら絶対にわかるだろうな」と奈雅子と美紀がまた頷きあっている。
妙に喉が渇いてカップに手を伸ばしたが、もうそこにはコーヒーは残っていなかった。
そろそろ美紀の約束時間になるからと3人一緒に席を立ち、店の前で別れる。
真理亜は一人で Angel Eyes に向って歩き出した。
今夜はやけにあの店が恋しい。
ハンサムな譲二の顔を見ながら、強いお酒が飲みたいと思った。
Angel Eyes の重そうに見える扉を開けると、いつもの煙草とアルコールが入り混じった店の匂いがする。
真理亜は煙草は吸わないが、この匂いは嫌いではない。
一週間を終えほっと一息つきたいときにこの店の匂いを嗅ぐと、なぜか気分がすーっと落ち着いうてくるのを感じる。
仕事のオンとオフをそこで切り替えているのかもしれない。
譲二と目が合うと、「おや、やっと来たね」と言われているような気がした。
黙って譲二がコースターをカウンターに置いたので、真理亜はその席に座った。




