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眠れない夜に  作者: ミィ
第一章
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3 Bar Genesis

真理亜は賢吾の向こうに座る人の顔を覚えていた。


たまに遅い時間に来たときにみかける顔だ。


どことは覚えていないが、この店以外でも見かけたような気がしていた。


しかしそんな素振りは見せずに、譲二が作ったカクテルを楽しみながら、賢吾と軽い話をしていた。



「そうそう、仁科と僕は同期なんです」


真理亜と話していた賢吾が急に振り返って田所に話を向けた。


田所は目を少し細めて自分の記憶を探すような素振りをした。


「経理部の仁科真理亜ですよ」と賢吾が田所に紹介する。


怪訝な顔をしている真理亜には、「こちはら経理部の田所課長さん」と言い添えた。


賢吾はまた再び田所に向きなおって、「同期のなかで僕のことを斉藤さんなんて、さん付けで呼ぶのは仁科くらいです」と真理亜を非難するように言った。


「だって、私は誰にだってさん付けしてるわよ?」


真理亜は慌てて言い訳するように言った。


その後で、田所に「仁科 真理亜です」と名前だけを言って、頭を軽くさげる。


「そうか、君か、仁科さんって。書類では仁科の印はよく見かけてた」


「私もです。人事部の田所さんの印はよくお見かけします」


真理亜は言葉を続けた。


「でも、田所課長って眼鏡をされてるとばかり思っていました」


隣で賢吾が譲二と目を合わせて笑っていた。


「僕もそう言ったんだ、ちょうど仁科がここに来る前に」と賢吾が真理亜に説明する。


真理亜のグラスが空になりそうなので、賢吾が真理亜にお酒を勧めだした。


ちょうどピザが焼きあがって運ばれてきたので、真理亜は自分が空腹だったことに気がついた。


話しかける賢吾を適当に返事をしながらピザを一切れ、自分のお皿に乗せる。



田所が見るかぎりでは、真理亜は賢吾のことを疎ましく思ってるようだった。


そのくらいにしておけと賢吾に釘をさそうと口を開くと、譲二がやめておけという風に首を横に振っていた。


譲二が笑顔だったので田所は声をかけずに様子を見ることにした。



「譲二さん、私ノアさんのお店に行かなくちゃ。今日は約束してるのよ。


だからピザを食べたらちょっと行ってきます」と真理亜が言う。


「また戻ってくるだろ?」と譲二が聞くと、


「どうかな。その時の流れで、戻ってこれるようだったらいいんだけど。


お会計だけは済ませておきたいです」


譲二はひとつ頷いて、伝票を作り出した。



真理亜がピザを賢吾にも勧め、二人で分け合って食べ終わる頃には、賢吾の熱心さに負けて一緒に移動することになったようだ。


賢吾はすこぶる機嫌がよくなっていた。


二人が出て行った重いドアを見ながら、田所は譲二に「大丈夫なのか?」と聞いた。


譲二はニヤリとして、「あれは真理亜の作戦だよ」と言う。


「今日は金曜日で混み始めた上に、あんな青二才がお前の隣でウザイだろうと連れ出したんじゃないか?

ノアのところは隣のビルだよ。ま、1時間ほどで帰ってくるさ」


「そうなのか?」とまだ疑わし気に田所は譲二を見た。



「ノアの店知らないのか?」


「知らないな」


「ゲネシスだよ。お前が行かないほうが良い店だ」


「あそこ・・ゲイバーじゃないのか?」


田所がはっとしたように目を上げると、譲二がニヤニヤ笑っていた。


「真理亜ちゃんはノアに手土産を持参したというわけだ」


「なるほど。お嬢ちゃん、なかなかやってくれるな」と感心したように呟いた。





一方、賢吾は隣を歩く髪をおろした真理亜を見下ろしながら、


「週末に仁科がふらふらと一人で飲みに出てるなんて知らなかったなぁ」


「うん。誰にも言ってないもの」


賢吾が次の言葉を言う前に、「さぁ、ここよ」と真理亜がGenesisというプレートをはめ込んだ扉に手をかけた。


賢吾は真理亜の手の横に自分の手を置いて、「なんだ、隣のビルかぁ。さあ、お嬢さんどうぞ」と扉に力を入れた。


「ありがとう」とニッコリ笑って真理亜はするりと扉をくぐる。


賢吾は後に続きながら、先ほどの譲二の店とは違う音楽に思わず顔をしかめた。



「あ~~~~、真理亜ちゃ~~ん」とかん高い声が聞こえたかと思ったら、背が高く厳つい女性が真理亜の腕をとってカウンターに座らせた。


「ノアさん、お久しぶりです」


「元気そうじゃない」


「ノアさんも」


二人は顔を見合わせて「うふふ」と笑ってから、賢吾のほうを見た。


ノアと呼ばれた人は賢吾から目を話さずに「良い男じゃない?真理亜の・・・何?」と真理亜に聞いた。


賢吾は急に落ち着かない気分になった。


いや、店に入った瞬間から違和感はあったのだが、その違和感の正体がゆっくりとわかったのだ。


「ほら、斉藤さん、隣に座ってください」と真理亜が椅子を勧めたので、のろのろと座ると、

「こちらは譲二さんの後輩で、会社では私と同期。斉藤賢吾さんよ」と紹介した。


「そしてこちらがこの店のオーナー、ノアさん。ノアさんも譲二さんの後輩よ。」


「どうも」とやっと賢吾は言葉を発した。



そんな賢吾をノアは笑いながら見て、「たっぷりと遊んでるとは思うけど、こういう店は初めて?」と聞く。


「えっと・・ショーパブなんかは行ったことがありますけど」


「そうなんだ」


「こういう雰囲気のお店は初めてです」


「そっか。どう?」


「どう・・・って。 す、すてきなお店ですね」



押され気味の賢吾をニヤニヤと見ている真理亜に、「今日は何飲む?」とノアが聞いた。


「そうね、譲二さんのところでスタートは頂いたから、テキーラにしようかな」


「ケンゴは何にする?」とネットリした口調でノアが賢吾に注文を聞いた。


「僕も同じものを」と言ったものの、賢吾は真理亜の言葉があまり耳に入っていなかった。


誰かが曲を変えて、そちらのほうに気を取られたのだ。


この店には珍しいことにジュークボックスが置いてあった。


皮のベストを来た逞しい男がジュークボックスから離れ、賢吾を見つけるとニヤリとしたのだ。

耳にはいくつもピアスが付いていた。


慌てて意味もなくカウンターに視線を落とすと、ちょうどショットグラスが置かれたところだった。


真理亜が目の高さにグラスを持ち上げて賢吾を見たので、賢吾は無言でグラスを真理亜のグラスにカチンと合わせて真理亜を見た。


真理亜は賢吾を見ながらゆっくりとグラスを口に近づける。


細い喉がくくっと動いて液体が胃におさまっていく様を賢吾は目で追っていた。


真理亜はシャンパン色のワンピースを着ていた。


いけないものを見てしまったような気になったのは何故だろう。


はっとして真理亜の顔に視線を戻すと、真理亜がニッコリ笑って賢吾のグラスを見た。


賢吾はグラスの液体を一気に喉に流し込んだ。



次の瞬間賢吾は激しく咳き込んだ。


「ゴホッ、ゴホッ・・・なんだこれ」


苦しそうな声で賢吾が言うと、ノアがおしぼりを持ってカウンターを出てきた。


「何って、テキーラじゃん。真理亜ちゃんと一緒でいいっていうから・・・」


「テキーラ・・・」


ノアが賢吾のシャツを拭こうとしてくれたので、「いいですよ、自分でしますから」と言うと、

ノアは賢吾におしぼりを渡しながら、空いていた片方の手で素早く賢吾の股間を掴んだ。


「いい根性してるじゃん。この店で女相手に勃起するとは」


低音の男の声だった。


「うぅっ・・何するんですか」


とっさに突き放そうとしたが、ノアの力は強く、不意をつかれた賢吾には振り払えそうになかった。


「やめてくださいよ」


実際、掴まれた股間が痛くなってきて涙声になりそうだ。


そんな賢吾の顔を見てノアはふと表情を緩め、「そそる顔だな、ケンゴ。気に入ったよ」と言ったあとようやく股間から手を離した。



賢吾が真理亜を見ると、真理亜は椅子を半分向こう側に回して賢吾に背中を向ける姿勢で

店のスタッフと話し込んでいた。


どうやらスタッフの恋バナを聞いているらしい。


カウンターの内側に戻ったノアが、新しいグラスにテーキラを注いで賢吾の前に置いた。


「今夜はここで飲んでいくといいわ」とニッコリ微笑んで言ったので、賢吾は諦めてグラスに手を伸ばした。



真理亜はテキーラをちびちびと飲みながら、スタッフや顔見知りの常連たち、そして賢吾やノアと短時間づつ万遍なく話している。


賢吾はそれに気がついたが、真理亜には何も言わなかった。


そんな賢吾にノアは、「譲二の後輩ってことだけど、何期だったの?」と聞いて来た。


それをきっかけにして話が弾み、ノアはちょうど譲二と賢吾の間の歳になることがわかった。


賢吾は真理亜と会社で同期だということ、なのに今日初めて譲二の店で見かけたこと。


先週ちょっとした修羅場を体験したこと等をノアに話してしまっていた。


「女を知ろうとしちゃいけないわよ。まぁ、女の扱いってのは知ったほうがいいけどね」


「ノアさんは女を知ろうとしてしまったんですか?」賢吾はそう聞いてしまった。


ノアは大げさにびっくりしたような顔をしたが、

「何言ってるの。知ろうとしたもなにも・・・。私の中に女が居たということよ」

と、賢吾を笑い飛ばした。



その笑い声に真理亜が振り返り、一瞬の後にバッグを掴んで賢吾に聞いた。


「私、そろそろ行くね?」


「ん?帰るのか?送っていくよ」


「ううん、お手洗いにも行きたいし、譲二さんの店に戻るわ」


「じゃ、俺も一緒に・・・」と言いかけると、


「ケンゴはここで飲んでいきなさい。真理亜ちゃんの分はケンゴが払うから、さっさと行きなさい」


とノアが二人に言った。


「はーい、ママ」と真理亜はノアに言ってから、「自分の分は払いたいんだけど」と賢吾に言った。


賢吾はバッグを開けようとする真理亜を制して、「ノアママがそう言ったんだ。俺が払うよ」と言うと、「ありがとう」と素直にお礼を言って真理亜は店を出て行った。


「ここにもトイレくらいあるだろう・・・」


賢吾がそう呟くと、ノアが「本物の女がゲイバーのトイレに行けるわけないじゃん」と言って豪快に笑った。


それを聞いたスタッフ達にもクスクス笑いが広まっていった。






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