ワイン (Ⅳ)
翌月曜日、真理亜は早めに家を出て歩いて出勤した。
満員電車は好きじゃない。
夢のような週末を過ごしたあとは特にそう思った。
自分のデスクのPCを立ち上げ、コーヒーを片手に今日するリストを作る。
作業しながらふと昨日のことを思い出していた。
旅館の蔵の前で待つ女将が「おはようございます」と綺麗なお辞儀をしてから、
佐々木と真理亜を蔵の中に案内した。
驚くことに少しひんやりとする蔵は巨大なワインクーラーになっていた。
佐々木を女将は、薄暗い中にひっそりと横たわるワインボトルの中の何本かを指差して、
真理亜にはわからない話をしていた。
会話には無理に加わらずボトルをざっと眺めていると、そのうち目が慣れてきたのかラベルの字が読めるほどになった。
斬新なデザインのラベルをつけたものや、見るからに厳めしそうな字体のラベルもあった。
女将が気を利かせて、「夕べご用意させていだたいだのはこちらになります」と棚のなかから1本を取り出して真理亜に見せた。
そういえばこんなラベルだったなと思うくらいしかできないので、
「美味しかったです」と月並みに答えた。
「お口にあいましたか?」とさらに女将が聞くので、
「くどくない甘さで飲み易かったです。ですが喉越しが強くて最初は飲み込むのがたいへんでした」
と記憶をたどって答えた。
「最初はというと?」
「何度か飲むうちに慣れてきたのか、後になってずいぶん飲み易くなりました」
それを聞くと女将は嬉しそうに笑った。
真理亜が怪訝そうな顔を佐々木に向けると、
「教え甲斐がありそうだな」と佐々木も笑っている。
二人がなぜ笑ったのかわからなかったが、
「そろそろ準備ができたようです」と女将が声をかけたのでそのまま蔵の裏に移動した。
蔵の裏にはまた蔵があった。
蔵と蔵の間に小さな庭が作られており、一部に藤棚が設えてあった。
まだ藤の花の季節には少し早いが、適度に日陰を作っていて過ごし易そうだ。
その藤棚の下にテーブルを置いて食事の準備が整っていた。
「では、またお運びください。今度はここで夕食を摂って下さいね」と女将が言い置いて母屋に戻っていく。
引続いて料理長であるご主人が自ら給仕をしてくれた。
佐々木は運転があるので飲めない。
真理亜もお酒はいただかずに、茶懐石というには少し豪華な料理の数々を感激しながら箸を進めた。




