12 ワイン (Ⅰ)
「お前、驚きすぎ」
佐々木はそう言いながら湯船に入ってきた。
真理亜はすぐ横に佐々木の足が見え、やがて佐々木が身体を沈めたので横に座ったのがわかった。
佐々木はお湯を両手で掬うと顔に掛け、顔の上でゆっくりと手を下にずらしてため息をついた。
「あぁ、やっぱりいいな、ここの湯は」
「運転疲れたでしょ?ご苦労さまです」
「それほどでもないよ。運転好きだしな」
「ここにはよく来るの?」
「最近は全然さ」
「ステキなところだね」
「昔はよく家族で来たんだ」
「へぇ。亮輔ってお坊ちゃまだもんね」
「ふんっ」
佐々木は鼻で笑っただけで返事をしなかった。
「ほら、ワイン飲むか?」と浴槽の横に持ってきていたのか、身体を捻ってグラスを手に取った。
佐々木のわき腹から腕にかけてが湯から出て真理亜の視界に入る。
細いと思っていたがちゃんと筋肉がついてる。
きちんとトレーニングをしているような男性的な筋肉に真理亜はどきっとしてしまった。
佐々木がそんな真理亜を見てニヤリと笑った。
「恥ずかしがる歳でもないだろう」
「そ、そんなこと・・・。恥ずかしいものは恥ずかしいよ」
真理亜は手を伸ばして佐々木のグラスを取り上げ、ワインをごくっと飲んだ。
そんな真理亜を佐々木は笑ってみている。
佐々木は自分もワインを飲んで、グラスを浴槽の傍に置いた。
「ほら、こっちに来いよ」
佐々木は真理亜の手を引っ張って、体勢を崩した真理亜をいとも簡単に膝の間に取り込んだ。
真理亜の背中を自分の胸につけ、佐々木はようやく満足そうに「くくっ」と笑った。
背後から抱きこまれた真理亜は頭の上に佐々木の顎があるのがわかった。
「身長伸びた?」
真理亜の突拍子も無い質問に佐々木は笑い出した。
佐々木の腹筋がひくひくと動き、まだ笑いは止まらないようだ。
真理亜はしばらく庭を見ることに集中しようと思った。
実際に庭は素晴らしかった。
リビングや寝室の光が小さな庭全体を柔らかく照らし、
手入れをされた木や草に埋まるように取り付けられている照明が
光のアクセントになるように配置されている。
自然なように見えて、それは計算尽くされている設計だった。
ふと我に返ると、リラックスし始めていた真理亜の両腕を後ろからのびた佐々木の手が撫でている。
長い指。大きくて太い血管が見える手。
筋肉がついた腕が動いている。
やがてその腕は真理亜の肩を撫で、背中を擦り、腰に移動した。
佐々木の手がわき腹を掠めた時、真理亜はびくっ身を捩ってしまった。
「お前、感じやすいのな」
真理亜は顔が赤くなるのがわかった。
そんな真理亜にワイングラスを渡して、
「ほら、ワイン飲んで酔っ払ってしまえ。
赤くなったのはワインのせいにできるから・・・」と言って低く笑った。
真理亜は小さく「バカ」と呟いてグラスを口に運んだ。