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眠れない夜に  作者: ミィ
第一章
10/74

9 マティーニ

真理亜たちの部所で打ち上げを兼ねた新人歓迎会があったのは次の週の金曜日だった。


これは真理亜も避けるわけにはいかず、全員出席で行われる。


さすが経理部である。


几帳面な人が多く定時にはほぼ全員が仕事を終え、1時間後に集合する居酒屋までには時間があるのでそれぞれに時間をつぶして、

定時には駅の近くの居酒屋に集まった。


部長が決算期のねぎらいと乾杯の音頭をとり、課長が新人を立たせ自己紹介をさせるとまた乾杯をする。


後は単に飲み会に突入した。


真理亜はウーロン杯をちびちびと飲みながら、先週のことを思い出していた。


たいへんな週末であった。


佐々木とあんなことになり、翌朝には仲良く一緒に朝食をとり、その後真理亜を自宅まで送っていくという佐々木とひと悶着あった。


タクシーで帰ると言い張る真理亜に、「そんな顔を例えタクシーの運転手といえども他の男に見せられるかっ!」と佐々木が言い返して、結局真理亜のアパートまで送ってもらった。


佐々木は真理亜のすむアパートを見て、「お前、こんなところによくひとりで住んでるな」と呆れていた。


それには苦笑するしかなく、そのまま部屋に帰った真理亜は倒れるようにベッドに入り、日曜日の朝まで熟睡したのだ。


目がさめて朝になっていたのには驚いた。


軋む身体に鞭打って、金曜日にするはずだったヨガのメニューを一通りこなしてようやく一段落したのだ。


午後に佐々木から電話があったのにも驚いた。


「何してた?」と聞かれたので、「筋肉痛だったのでヨガで調整してた」というと


佐々木は、「力はいってたもんなぁ」と笑っていた。


「誰のせいだとおもってるの?」


「あれ?精一杯優しく抱いたつもりなんだけど?」


真理亜はかーっと頬が熱くなるのがわかった。


「背中が弓なりになって、きれいだった」


そう佐々木が声を落として言ったので、「バカ」と真理亜がようやく言うと佐々木は大笑いしていた。


「今週末も一度店に来るか?」


「え?」


「来いよ」


「あ、うん。わかった」


真理亜がそう答えると、佐々木はようやく電話を切った。



真理亜は宴会に意識を戻し、同僚や上司の会話に耳を傾けようとした。


皆は飲み物を手に楽しそうに話している。


この時期新卒の新人はまだ配属されてなく、支店から転勤になった2人を除いて知っている顔ばかりだ。


隣の同僚に適当に相槌を打ってから、部長と課長の席に移動した。


部長は焼酎お湯割りを、課長は生ビールをジョッキで飲んでおり、

昔のようにビール瓶を持ってお酌をするとこともなく、単にご挨拶すればいいのだ。


入社7年目、しかもずっと経理部なので部長や課長とも馴染んでおり、

気を張ることもなくいつもの調子で今夜のねぎらいにお礼を言った。


「仁科さん、今年も秘書課から打診があったけど、断っておいたよ?」と部長が言った。


「ありがとうございます。定時で上がれないところはイヤですので」


そういうと、隣で課長が笑った。


「仁科に居なくなられると困るからな。部長も頑張ってくださったんだぞ」


「私なんかのために有難うございます」


丁寧にお辞儀をして顔を上げると、二人に挨拶をする同僚がすぐ隣に座った。


真理亜はもう残り少なくなった部長と課長の飲み物の手配をするために席を立った。


この上司二人は真理亜に寿退社を匂わせることもなく、居心地のよい場所を与えてくれていた。


経理はある程度経験のあるほうが仕事がスムーズに運ぶ。


上司にしても、いつも新人を抱えるより真理亜のような中堅に居てもらうほうが楽なのだろう。


セクハラもなく真理亜はこんな職場は貴重価値なんじゃないかと満足していた。



やがて、食べつくし飲み尽くして一次会が終わろうとしていた。


ほとんどは二次会のカラオケに流れるようだ


真理亜もその流れについて店をでたが、様子を見て皆から離れ、駅の構内に足を向けた。


幹事には断っているし、一人くらい居なくなってもわかりはしない。


そのまま構内を通り過ぎてさらに足を進め、Angel Eyes に向った。



Angel Eyes はそこそこに混んでいた。


やはり今日もカウンターの隅に座り、まずは水割りを注文する。


「めずらしいね、もうお酒入ってるんだ」


譲二が真理亜の前にグラスを置きながら言った。


「新人歓迎会だったのよ」


「なるほど・・・」


譲二は真理亜をじっと見ていたが、何も言わずに他のカクテルを作りに移動した。


真理亜が難なく一杯目の水割りを飲み干すと、また戻ってきて、


「今夜は何がいい?」と注文を聞く。


「先日作っていただいたギムレットにしようかな」


「了解!」


一言そう言うと、譲二はあっというまにシェイカーを振っている。


ほどなく真理亜の前に半透明の液体が入った小さなグラスがそっと置かれた。


「先日の瓶と違うので作ってましたね?」


「あれ、わかったんだ」


「瓶の形くらい覚えてますよ」


「真理亜ちゃんは観察力あるからなぁ」そう言って、譲二はジンの話を始めた。


一口飲んだ真理亜は、「前回のより少し辛いですね」と言うと、

譲二は嬉しそうに「シロップ少な目だからね」と答えた。


「香りが違うのはジンの仕業?」


「うんうん、やっぱり真理亜ちゃんは嗅覚が優れてる」


譲二の機嫌が一層良くなった。


真理亜がギムレットを半分ほど飲んだところで、新しいお客が扉を開けた。


ほどなく真理亜の後ろに誰かが立った。


「隣でいいか?」と譲二が真理亜の後ろのお客に聞いて、真理亜の隣にコースターを置いた。


「失礼するよ?」と言われて、真理亜がその人を見ると田所が隣に腰を下ろした。


「マティーニ」と一言だけ譲二に言うと、「来てたのか」と真理亜に声をかけた。


真理亜は黙って会釈をする。


ギムレットに目を戻して田所の次の言葉を待った。


田所は首を回して後ろを確認すると、譲二に「あっちいいかな?」と聞いた。


譲二は頷いたようである。


「仁科さん、こんな場所で申し訳ないけどちょっと仕事の話いいかな?」と真理亜に聞いた。


何事だろうと思って田所を見ると、奥のテーブル席を目で示す。


田所が先に立ち上がって真理亜を見たので、真理亜も立ち上がった。


田所のマティーニはすでにテーブルに運ばれており、田所は真理亜のギムレットを持ってくれたので真理亜は自分のバッグを掴んでテーブル席に移動した。


意外に優しい手つきで田所がそっとギムレットのグラスを真理亜の前に置いてくれた。


「二次会、行かなかったんだな」と田所が真理亜に言った。


「田所課長も・・・行かれなかったんですね」


真理亜は経費の予定申請を覚えていたので、田所の人事部も今日は歓迎会があるのを知っていた。


「あぁ、行く必要がないからな」という田所らしい答えに真理亜はクスリと笑いが出てしまった。


「何か今日は雰囲気が違ってる・・・」真理亜を見て田所はそう呟いた。


真理亜はそれにはなるべく反応しないようにして、「お話って何でしょうか?」と聞いた。



「あ、そうだった。ちょっと聞いていいか?」


田所は真理亜の返事を待たずに聞いた。


「秘書課への誘いを断ってるそうだな。なぜだ?」


田所の質問は簡潔である。いつもこんな感じなのかもしれないと真理亜は思った。


「正直に言ってもいいですか?」


「ああ」


「残業のある職場は嫌です」


なぜ真理亜に秘書課へのお誘いがあるのかはわかっていた。


真理亜は秘書検定2級の資格を取っていた。


「なぜ秘書検定2級を取った?一般的なことなら3級でも充分だろう」


「2級までなら筆記試験だけですからね。

学生の時に3級は取りましたので、社会人になってからもう少し挑戦してみました」


「それだけか?」


「はい、それだけです。会社も資格取得には援助してくれますので」


「そうだはそうだな。会社は奨励している」


「定時であがれると勉強ができますから」


「うむ」


田所は真理亜に興味をおぼえて、何週間か前にその履歴を会社で確認してみた。


真理亜は入社してから会社の制度を利用してかなりの資格を取得していた。


そしてここで質問した今、真理亜は田所がそのことを知っていることと知った。



「会社の話はここまでだ」


そう言って田所は仕事の話を打ち切り、静かにマティーニを飲んだ。


真理亜も席を移動することもなく、同じテーブルでギムレットを飲む。


二人ともグラスが空になったので、飲み物を注文するために人を呼んだ。


「ギムレットが好きなのか?」


「前回初めて譲二さんが作ってくださったのだけど、美味しいと思います」


「そうだな、譲二のギムレットは美味い」


「他では飲んだことないのですが、美味しいので当分これで・・・」


「マティーニは飲んだことあるか?」


「いえ、ないです」


「飲んでみるか?」


「強いお酒と聞いていますが・・・」


「譲二なら美味く作るだろう」


スタッフが来ずに、譲二が注文を聞きにやって来た。


「俺に同じものを、こちらのお嬢さんには軽くマティーニをつくってやってくれ」


田所がそういうと、真理亜の顔が曇った。


「お前、またお嬢ちゃん扱いか?」譲二に言われて、田所は失言したことに気がついた。


「譲二が、真理亜ちゃんって言うからつい・・・」


「俺のせいか?」


「そうだ、お前のせいだ。精一杯美味いのを作れよ」


そんな二人のやり取りに真理亜は可笑しくなって、少々のことは拘らないでおこうと思った。


「お嬢ちゃんは止めて下さい」


真理亜が笑いながら言うと、田所はすこし驚いた顔をして真理亜の顔を見た。


「じゃ、仁科と呼んでいいか?」


「はい、それでいいです」


二人の前にマティーニが置かれ、グラスを少し持ち上げて乾杯の真似をし少し口に含んでみた。


「これもジンベースなんですね」


真理亜は小さく言った。


「飲めるか?」


「はい、なんとか。でも強くてたくさんは無理そうです」


「自分のペースで飲むといい」


田所は柔らかい声でそう言った。















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