人称
「なあオオワ。君にいくつか僕の書いた話を見せてきたけどさ」
「うん」
「全部ベースの主人公の人称が違うのに気づいてたかい?」
「ああ、気づいてたよ」
「え、まじで?」
「一、自殺者しかけの男が立ち直りかけたけどやっぱり自殺する話で、『僕』。
ニ、不治の病であと数ヶ月で死ぬ親友が童貞で死にたくないな、って言ったのを重く受け止めてヤっていいかダメかで大好きな彼氏と大喧嘩する女子大生の話で『彼女』。
三、親から離婚は恥だと言いつづけられて育った女が、結婚相手が仕事ばかりで寂しくて、ふとトマトの赤い汁を血に見立てて夫の殺害を妄想する話で、これは『あなた』の二人称だったな。
四、東大出た学生が親が金持ちで特に稼ぐ必要のないから遊びで探偵事務所を始めて、アルバイトの超ダメ女子高生と一緒に依頼人のタイムカプセルをどこに埋めたか探すライトノベル風の掛け合い中心の話が『俺』。
五、駅員が毎回ギリギリで乗り込んでくる男に腹を立てて電車の脱線事故を起こすのが『彼』。
六、殺し屋の女の子が仕事とまったく関係ないところで一般人に自分の好きな人とか家族とかを殺されてどんどん壊れてく話が『私』。
それから――」
「いや、いいよ。オオワの記憶力はわかった」
「ええ、ここまできたら全部言わせろよ」
「(最初に見せたのが一昨年の五月だから、正直それだけ覚えててくれたら書き手冥利に尽きるなぁ……)」
「で、人称が違うのがどうしたんだ?」
「いや、オオワ的にはどれが一番しっくりきたかなぁと思って」
「ううん。探偵の話の『俺』はちょっと違和感あったかも。殺し屋の『私』も俺はあんまり好きじゃなかったな。二人称の『あなた』も人によって好みが別れたと思う。俺はちょっと敬遠した」
「そうか」
「あとはどんぐりの背比べかなって感じだけど、あれだよな。『俺』っていうと高校生とか大学生とかそんな感じで、『僕』っていうと小、中学か、もしくはちょっとサイコパスな感じがするよな。彼、彼女は無味無臭で味付け次第でどうにでもなる。『私』はちょっと真面目な感じ。もしくは何かに突き抜けた感覚があるかも」
「……それ、結構大事かもしれないな。メモっとくよ。もう一回言ってくれないかい?」
「……ごめん、キコ」
「ん?」
「自分で何言ったか忘れた」