クロロフォルム
「なぁ、キコ」
「うわぁ?! ……ああ、なんだオオワか。脅かすなよ」
「むしろ声かけたぐらいで驚くなよ。いま隠したのは、原稿用紙か?」
「そうだよ。どこの馬の骨とも知らないやつに創作活動を見られるのが耐えられなくてね」
「じゃあ図書室で堂々と書くなと思うのは僕だけか? ていうか手書きなのか。最近の出版ってワープロのイメージがあったよ」
「他の人はどうか知らないけど、たまには手書きでやってみたい気分のときもあるのさ」
「ふーん。あ、そうだ。お前が書いたこの話、結構面白かったよ」
「それはどうも。具体的にどこがどう面白かったか教えて貰えると更に助かるんだがね」
「バカバカしさかな。駅員が毎日発車ギリギリの電車に駆け込んでくる客を殺そうとして脱線事故を起こすけど、他の客の大半が死んだのにその男が奇跡的に生き残るとことか。無駄にスケールを大きくすると細かい問題を突き詰めてネチネチ言うのがバカらしく思えてくるんだな」
「清涼院流水という作家の使う手だよ。おもしろくはなかったが単純にすごいと思ったから真似てみたのさ」
「けど、クロロフォルムってこんなに都合よく意識を落とせる訳じゃないらしいぜ」
「ああ知ってるよ」
「おいおい、知ってるならちょっとは考えろよ」
「じゃあクロロフォルムで意識を落とすような描写を出版社が止めないのはなんでだと思う? 一般人のお前が知ってるんだぜ。何百冊も本をだしてる出版社の人間が誰一人そんなことを知らないなんてことがありえるのかい?」
「慣習だからじゃないか」
「違うね、そのほうが便利だしおもしろいからだ」
「ああ」