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ナナシは名前ではありません

作者: 羽倉了
掲載日:2026/05/14

「げっ」

路地裏で横たわっていた少女は顔を歪めた。

お腹と背中がくっつきそうになっていた。

うっすらと前世を思い出した少女は、名無しだった。

物心がついたときから孤児で、物乞いをして今の今まで生き延びてきた。

ナナシは薄汚れた自身に溜息をついた。

川へ行き、水浴びをする。擦り切れている服も洗う。その間裸だが、子供なので恥ずかしくはない。

多少は小綺麗になったナナシがやることは、物乞いである。他の物乞いよりは小綺麗であり、石を投げつけられる確率が減った。

丸々とした男性からパンが一個分は買える硬貨を受け取り、ナナシはにっこりと笑った。

「ありがとうございます。閣下」

丸々とした男性は鼻を鳴らす。

「小綺麗にしているんだな。少しはまともだ」

「閣下。少しはお役に立ちたいと思います。何かお悩みはございませんか?」

「貴様ごとき何が分かる? だが、興味が湧いた。では商人を呼び込むにはどうすればいいか、答えてみろ」

「はい。商人にとって商品は命です。なので安全と移動のしやすさを求めます。なので街道の整備を行い、安全な交易路を確立させます。またその際に宿場の設立は必要でしょう。それから経済的なメリットを作り、関税の撤廃など自由貿易にして商人を呼び込みます」

うっすらとした前世の知識で答えると、丸々とした男性は聞き入れていた。

「貴様は何処でそんな知識を得たんだ?」

「閣下。少しはお役に立てましたか?」

「喜べ。貴様を庇護してやろう」

「ありがとうございます。閣下」

「私は男爵だ。閣下ではなく、アンリュー様と呼べ」

お金持ちだと思っていたが、貴族だったようだ。

ナナシははい、と答えるのだった。


エドワード・アンリュー男爵はナナシを引き取り、ご飯とドレスを与え、ナナシが持っている知識を求めた。

すっかり綺麗になったナナシはもう孤児の物乞いには見えない。

アンリューもナナシの知識で問題がなくなり、ストレスが減ったからか、随分と痩せてスマートになった。

アンリューは紅茶を飲みながら、向かいに座るナナシに尋ねる。

「ナナシのおかげで随分と問題が片付いた。褒美を与えよう。喜べ」

「ではアンリュー様の愛妾にして下さい」

アンリューは紅茶を吹いて咳き込む。

「何故愛妾なのだ?」

「だって、平民で孤児だから正妻は無理なのでは?」

「私は男爵だ。平民を妻にしても許される立場だ。だがナナシは確か十四歳だったな。成人まで後二年待たないといない」

「待っててくれますか?」

「まあ、待ったとしても、私のことはロリコンだと言われるだろうが、しょうがあるまい」

「四十歳でしたか?」

「三十九だ」

間髪を容れずアンリューは答えた。

「失礼しました」

「ナナシを引き取ったのはまだハ歳だったか? 六年も経ったのか」

「お慕い申しております」

「知っている」

六年経っても、アンリューの貴族らしい傲慢は消えない。

「今まで言えなかったことがあるんですが、聞いてもらえますか?」

「聞こう」

それでも使用人にナナシの好きなお菓子を用意させるのが、六年間一緒にいた変化だった。

「ナナシは名前ではありません」

六年後しの告白に、アンリューは目を白黒させるのだった。

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