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大事なのは情報、根回し、そして計画

作者:
掲載日:2025/12/31

「僕はマリーが好きなんだ。君にはすまないが、お飾りの妻として過ごして欲しい。跡継ぎはマリーが産んでくれるから心配しなくていい」


 先ほど結婚式を挙げたばかりの私の夫が申し訳なさそうにそう言った。美しい銀の髪を軽くかき上げ、エメラルドのような瞳をこちらへ向けてくる。美しいと評されるその顔には、私に対する興味の無さが透けて見えた。


 私は曖昧に微笑み、自身の長く艶やかな黒髪を手櫛で梳く。意味がわからないと思っているように見える表情を浮かべて夫を見る。私の紅の瞳に映るのは、やれやれとでも言いたげな夫の姿。


「君とは床を共にしない。僕は自分の部屋で寝起きをする。……諸々は明日にでも話そう。では、おやすみ」


 私に背を向け、名ばかりの夫は夫婦の寝室から出ていこうとする。全くもって想定通りの言動に笑ってしまう。


「お聞きになりまして?お義母様、お義父様」

「すべて聞いていましたよ」

「なんたる……」


 両親の声が聞こえてきた事に驚き、ドアノブを掴んでいた手を離して慌ててこちらを向く夫。私の後ろには義両親が頭を抱えながらも静かに佇んでいた。


「なぜお二人がここに!?」

「リュキアさんが教えてくれたのです。あなたに恋人がいると」

「しかもすでに子を宿しているともな。なんて事をしてくれたんだ……この婚姻の意味を分かっていないのか?」


 尊敬する両親に軽蔑と侮蔑の眼差しを向けられて顔色を無くす夫の顔を見てニヤニヤと笑ってやる。そんな私を見て、夫が眉を釣り上げて怒鳴りつけてきた。


「何を笑っている!!お前が」

「お黙りなさい」

「リュキアさん、今日は疲れたでしょうし先に寝て下さい。私共は少しこの痴れ者にいま一度、貴族の婚姻の意味を叩き込んでおきます」


 静かに怒りを滲ませる義母と私を気遣ってくれる義父に感謝の言葉を述べる。腰掛けていた天蓋付きの大きなベッドから立ち上がり、自室に戻って寝ますと告げてその場を後にする。後ろからは夫のみっともない懇願と嘆きの声、義母の冷たい叱責の声、義父の淡々としたこの婚姻による両家の結び付きの重要性を説く声が聞こえてきた。なんて面白い……まさか私の身にこんな物語のような出来事が起こるなんて!


 うふふ。でも大事なのはこれから。ああ、明日が楽しみで仕方がないわ!!


 次の日。ぐっすりと眠った私はすっかり寝過ごしたよう。なんだかんだで疲れていたのね。ベッドサイドに置かれたベルを鳴らして使用人を呼ぶ。


「おはようございます、お嬢様」

「うふふ、もう奥様よ?」

「そうでございました。改めまして、おはようございます奥様」

「おはよう、ダーリン」

「はは。またそんな呼び方をして」

「あら、私ちゃーんとダーリって呼んだわ?」

「伸ばしすぎです。また誤解されてしまいますよ」

「んふふ。ダリウスをダリって呼んだだけで恋人だ浮気だ、だなんて程度が知れるわ」


 軽口を交わし、用意されたぬるま湯で顔を洗う。濡れたままの顔を上げ、彼にそのまま柔らかな布で拭ってもらう。目を開けば眼前に笑顔の彼がいて。ありふれた黒髪に濃いグリーンの瞳。その熱を孕んだ瞳で私だけを見つめている。


「もうすぐね」

「はい。……本当に、嬉しいです」

「私もよ。今日が正念場だから……少しだけ、甘やかしてくれる?」

「はは……悪いお嬢様だ」


 目を閉じて唇を合わせる。私は口を開かない。舌は絡めない。彼の手が私の頭を優しく撫でる。すぐに目を開き顔を離す。嬉しそうに微笑む彼が愛おしい。もっとしたい気持ちを堪え、少し冷えた湯でもう一度顔を洗う。いけないいけない、周囲には私の手駒しかいないとはいえ油断は禁物。私が幸せになるために、今日で些事を終わらせるのだから。


「おはようございます」


 食堂にはすでに義両親と夫が揃っていた。私が席につくと性急に夫が話し出す。


「すまなかった!」

「あら、それは何に対する謝罪ですの?」

「昨日の言葉はすべて気の迷いだったんだ!だから、その、このまま君と夫婦として、関係を築いていきたいと……」


 笑顔を浮かべて義父を見遣る。首を傾げてやれば察した義父が一つ息を吐いてから静かに話し出す。


「リュキアさんには申し訳ない事をしました。まさか愚息がこのような事をしでかすとは……申し訳ない」


 頭を下げる父親を見て、またも顔色を無くす夫が面白い。なぜバレないと思ったのか。なぜしたくもない結婚をしたのか。なぜさっさと両親に話さなかったのか。本当に、愚かで面白い人。


 そんなだから利用されるのよ。

 

「なにも気にしておりませんわ」

「!じゃあ」

「ですが」


 途端に笑顔を浮かべ私をキラキラした目で見てくる夫には一瞥もくれず、義両親へと言葉を紡ぐ。


「私は公爵家に生まれ貴族の在り方を体現して参りました。それを理解していない者にこの身を任せるなど……有り得ません」


 貼り付けた笑みを暫し消し、細めた眼差しを夫へ向ける。


「私達の婚姻は中央と辺境の繋がりを強くするためのもの。私が選ばれたのは結婚適齢期の令嬢たちの中で婚約者が居らず年齢も貴方と釣り合っていて丁度よかったから」


 紅茶を一口、飲み下す。まだ仄かに熱いそれが少し喉を焼く。ああ心地好い。


「この婚姻が決まり次第、両親はすぐに貴方の事を調べました。身辺調査をして、私という婚約者が出来たにもかかわらずマリーさんと縁を切る事もなく幾度も体を重ねていたと報告書を読んで知りました……なんて汚らわしい」

「なっ!なんだと!お前だってそこの男と毎日毎日ベタベタして!どうせもう抱かれているんだろう!!」


 ダリウスを指さして私を非難しだす夫に笑みを浮かべて小首を傾げてやる。


「証拠は?」

「は?」

「ですから、証拠です。私とダリウスが肉体関係にあるという証拠はありますの?」


 クスクスと笑いながら言ってやれば、射殺さんばかりに睨まれる。


「そんなもの無くたって見てれば分かるだろ!」

「お聞きになりまして?お義母様、お義父様。証拠もなく私と使用人の仲を疑い、それ幸いにと自分は恋人と別れもせず初夜に白い結婚宣言。私、流石に我慢の限界です」


 再び義両親に笑みを向け、目で問いかける。さて、どうする?


「リュキアさんはどうしたいですか?貴方の望みを聞かせて下さい」


 義父が静かに問うてくる。この婚姻の重要性を理解しているから安易に離婚してもいいなんて言えないのよね。こんな小娘に媚びへつらうような真似、したくないだろうに。一切の憤りや屈辱を表に出さないその精神力と貴族としての誇りを、なぜ息子は欠片も受け継がなかったのかしら。憐れね。


「私はこのままの関係で構いません」

「……いいのですか?」

「ただし、私にも体裁があります。この事は全て両親と王家に報告させて頂きます。その上で離婚はせず、私はここで暮らします。もちろん次期辺境伯領夫人として必要な事は最低限しましょう」


 両親と王家に報告という言葉に義両親まで顔を白くしている。息子の失態が国のトップに知られるのだ。とんでもない辱めであり楔にもなる。私は人身御供などではない、両親にも愛されているし王家にこの婚姻の不満を述べられるだけの繋がりがある。そして、私にはただ一つだけ……可愛らしい、けれど許されない、どうしても叶えたい願いがあった。それがもうすぐ叶う。


「私は我が子が欲しい」


 腹を撫で、左手を頬に当てて笑う。


「夫の子と認知しなくて結構。私はただ、私がこの胎で育て、私がこの命をかけて産んだ、私だけの愛する子が欲しいのです。ですから、その体だけを私に差し出しなさい」


 夫を無遠慮に指差し、命令する。


「君は、本当にそんな事でいいのか……?」

「ええ。勿論、契約書も用意します。ダリウス」


 彼から事前に用意していた契約書を受け取り、中を精査してから義両親と夫に渡させる。


 書いてあることは簡単だ。私の子は夫の子ではない。辺境伯家の後継者には一生涯ならない。養育費は私が個人で負担する。ただし私と子が住むための離れは辺境伯家が負担する。私の育児には一切関わらない。私の子に会うことも話すことも禁ずる。


「リュキアさん、これは……」

「お義母様とお義父様はマリーさんの子を孫として可愛がって下さい。子に罪はありませんから」

「リュキアさんの子ならとても可愛い子が産まれるのでしょうね。……養育費は出させて欲しいわ」

「いえ、要りません。私は、私の子を私の力だけで育てたいのです」

「そう……分かりました。リュキアさんが構わないと仰るのなら、この内容で契約を結びましょう」


 悲しそうに目を伏せ、お義母様は契約書にサインをした。即決。素晴らしい。お義母様のこの即決即断精神、好きだわ。


 次いでお義父様もサインをして、息子にもサインを促す。本当にこの内容でいいのかと私の方をチラチラと窺いながら、恐る恐るサインをした。


 ……やった。やったわ。私、私の……私だけの子を産める!


 喜びをひた隠し、ダリウスに契約書を回収させて鍵のついた箱に厳重に保管する。


「では今夜、夫婦の寝室で待っています。必ず来るように」

「ああ……その、何か他には無いのか?」

「何も。媚薬も香油も用意してありますから、貴方は身一つで来てください」


 そう素気無く答え、話の終わりと共に用意された朝食を食べる。美味しいわとダリウスに笑みを向ければ、良かったですと微笑みを返される。離れが出来次第、ダリウスと私の専属メイドを連れて移ろう。子の部屋を用意して、そこに子の服を用意して、子の玩具を並べるの。男の子ならこの名前、女の子ならこの名前がいいわってダリウスと話しながら決めるのよ、きっと楽しいわ。


 夜。夫婦の寝室には私と夫、そしてダリウスとメイドのミミ。夫はベッドの上ですでに寝ている。もちろん、睡眠薬で眠らせたからだ。


「さあ、しましょうダーリン」

「寝ている旦那の横で、だなんて……本当に悪いお嬢様ですね」

「ミミも、嫌な事を任せてごめんなさいね?」

「お嬢様のためならこの程度なんともございません。おめでとうございます、お嬢様」


 ミミは夫の液で汚れた手を事前に用意していた布で拭い、深く礼をして静々と寝室から出て行く。ダリウスと向かい合い、夫の事など忘れて睦み合う。私達の初夜。何度も何度も求め合う。


 ドアのノック音が聞こえる。ミミからの合図だ。名残惜しいけれど行為を止め、身を軽く清めてからダリウスに抱き抱えられて自室に戻る。シーツには乙女の証があり、液でぐちゃぐちゃに乱れているし、夫もミミが頑張ってくれたから腰が怠いだろう。誰も疑わない。私が誰に抱かれたかなど。


 次の日の朝。食堂で朝食をいただいていると夫が入ってきた。


「……その、昨日はいつの間にか寝てしまい申し訳なかった。……ちゃんと出来ていたようで安心した」

「ええ。では、次は三ヶ月後ですね」

 

 私が何気なくそう言えば、夫は驚いて大きく目を開いた。

 

「そんなに期間をあけるのか?」

「当たり前です。昨夜で出来ているかもしれませんもの、無駄に貴方と夜を共にするなど……絶対に嫌ですわ」


 嫌悪を込めてそう吐き捨てる。夫は顔色を悪くして分かったと小さくこぼして私の前から立ち去った。


 三ヶ月後。医者にかかると、ご懐妊ですと言祝ぎを受ける。私の子。私だけの子が、ここに。腹を撫でて涙を流す。義両親も口々におめでとう、リュキアさん本当におめでとうと祝ってくれる。こんなに良い方々を騙すのは気が引けるけれど、子育てに失敗した報いとして受け入れて頂こう。まあ、一生知ることはないんだけれど。


「おめでとう」

「ありがとうございます」


 今、部屋に丁度入ってきた夫も皆のお祝いムードから察したようで、複雑な表情を浮かべながらも祝ってくれる。嬉しい。これでこの男に用はなくなった。


「もう貴方に頼ることは何もありません。必要なこと以外で私に話しかけて来ないで下さいね、浮気男さん」


 にこやかにそう伝えて私は立ち上がる。医者に礼を述べ、沈み込む邪魔な夫をダリウスが軽く押してドアから退けさせ、私はそこから離れに向かう。義両親と共に部屋を出れば、使用人達もおめでとうございます奥様と祝いの言葉をくれた。私はここでもちゃんと愛されている。


 離れの自室に戻り、両親に懐妊した旨を伝えるための手紙を書く。嬉しくて涙が零れたために便箋を何枚もダメにしてしまった。何度も書き直し、ようやく書き終え封をすると、後ろに控えていたダリウスが優しく抱きしめてくれる。


「おめでとうございますお嬢様」

「ふふ、こういう時は名前で呼んで?」

「ああ。……おめでとうリュキア」

「うん。貴方も、おめでとうダリウス。貴方と私の子よ」


 涙ぐむダリウスが跪いて私の腹に顔を寄せる。まだ膨らみのない腹を愛おしそうに撫で、耳をつけて音を拾おうとしている。そんな可愛らしいダリウスの頭を撫で、幸せを噛み締める。私はなんて運がいいのだろう。


 幸せに浸り、過去を思い出す。


 私とダリウスの出会いは私が十二の時。彼は道端に倒れ、今にも死にそうだった。周りに親はいなく、独りで死に向かう子供に誰も手を差し伸べ無い。それを憐れに思った私は使用人に命じて彼を連れ帰った。両親にこの子を助けてあげてと頼み、自ら憐れな子供の面倒を見た。


 数日後、ようやく目を覚ました子供はダリウスと名乗り、助けて下さりありがとうございますと丁寧に礼を述べた。歳はまだ八だという。事情を詳しく聞けば、貴族の妾だった母親が跡継ぎを欲した父親の求めに応じて自分を産んだはいいが、その後に正妻に跡継ぎが産まれたために命を狙われ逃げ出したのだと言う。なんとも酷い、よくある話しだ。その逃亡劇の途中で母親は自分を逃がすために命を落とし、ここまで逃げ延びるも自身も死に体。そこを私がたまたま通り掛かりその命を救いあげた。


 ダリウスはよろよろと起き上がるとベッドの上で土下座をし、ここで働かせて下さいと言い出した。そんな事、出来るわけがない。ここは由緒正しき公爵家。命を狙われている何処かの田舎貴族の庶子など置けるわけがない。そう告げると、ダリウスはゆっくりと顔を上げ、私を泣きそうな顔で見つめてきた。その時、初めてじっくりとその子を見た。……なんて、愛らしい。


 手を伸ばしその痩けた頬を両手で挟み持ち上げる。潤んだ濃いグリーンがキラキラしていて美しい。高鳴る胸が求めるままに舌を伸ばして涙を舐める。しょっぱい。少し顔を離すと真っ赤に染ったダリウスの顔があって。


「可愛い……」


 堪らず抱き締める。腕の中で震えるこのか弱い子供が愛しい。頭を撫で、そこに顔を埋める。そうか、この子は今、私に頼るしかないんだ。私に助けてと、命を預けるしか生きる術がない。か弱いか弱い、愛らしい子。


「いいわ。私の執事にしてあげる。でも私の専属になるならたくさん勉強して、たくさん鍛えて、たくさん外見を磨いて、たくさん私を好きでいるのよ?」


 そう問えば真っ赤なままの顔を一生懸命、険しくさせて「はい」と答えた。もう一度、優しく頬を撫でてやる。


「まずはたくさん食べて太りなさい。痩せこけた子供を働かせるなんてヴェルサー公爵家の名が汚れるわ」


 愛らしかったダリウスは数年も経てば凛々しくなり、声も低くなった。私の言いつけを守りたくさん食べてたくさん学んでたくさん鍛えてたくさん外見を磨いてたくさん私を好きでいた。


 ダリウスの命を守るために彼の髪を染めさせ、護身術も学ばせた。何かが出来るようになる度にお嬢様お嬢様と犬のように報告に来るダリウスが可愛くて抱き締めると、真っ赤になって固まるのが愛らしくて堪らない。両親にはそろそろ止めなさいと諌められたが、こんなに可愛いダリウスを抱き締めないだなんて無理だ。


 年頃になると両親が婚約者候補を連れてきた。私は我が家にやって来た婚約者候補に「私の執事に勝てたら婚約しましょう」と言い、特技で競わせた。誰もダリウスに敵わなかった。私と家格の合う男は全滅。両親も私に結婚させるのは諦めたのか、ならばと私に金の稼ぎ方を覚えさせ、一人でも生きていけるように導いてくれた。なんて私に甘いんだろうか。とても有難い。


 私はダリウスに命じて私の代わりに金を稼がせた。ダリウスは順調に稼ぎ、私と彼ともう一人か二人くらいなら満足に生きていけるだけの富を得た。偉いわと褒めてやれば嬉しそうに笑うダリウスが愛しい。この頃になると流石に自身の心情の変化に気付いた。私はダリウスを男として見ている。


 両親が不在の日。私はダリウスを部屋に呼び、メイドを下がらせて二人きりになってみた。足元に跪かせて頭を撫でる。いつもと変わらぬ行為。二人きりというこの状況に困惑しながらも嬉しそうに顔をほころばせるダリウスの顔を掴み、唇を舐めてみる。お嬢様!?と驚くダリウスに静かにしなさいと命じ、もう一度その柔らかな唇を舐める。真っ赤になって固まるダリウスの中心に足を這わせて撫であげるとか細い声がその口から漏れ出す。可愛く囀るダリウスをもっと鳴かせたくて私は更に足を動かす。堪らず震え出すダリウスを抱き締め、その耳に可愛いと囁けば可愛く鳴いて果てた。


 この関係は知られてはならない。だから私は手を回した。外に店を作り度々そこに顔を出すと見せかけてダリウスと逢瀬をし、孤児を雇って私の専属メイドとして教育して私の言葉には逆らわないように躾け、部屋で堂々とそのメイドの前でダリウスを可愛がった。初めは人前だからと恥ずかしがっていたダリウスも暫く繰り返せば慣れ、自身がミミに背を向けている時限定だが可愛がる事を求めるまでになった。


 私は一つ夢を抱いた。叶えることは簡単だけれど、無策で叶えてはならない夢。

 

 ある日、王命で結婚が決まった。辺境の顔も知らない男。両親が調べた所、私との婚姻が決まったにも関わらずマリーという平民女と別れもせずに子まで孕ませたらしい。それを知った両親は激怒。こんな婚姻、王命と言えど絶対に認めないと猛る両親の言葉を聞き流し、私は報告書の一点に目が釘付けになった。


 私の夫となる男は、銀髪に緑の瞳。


 私は両親を説き伏せ、王命だから仕方ないと涙を流すふりをして家を出た。ダリウスとミミを連れて。


 結婚式までの間、私は積極的に夫となる男に媚びた。最初は嫌そうな顔をしていたが、そのうち自分に惚れている方が都合がいいと思ったのか甘い言葉をかけてくるようになった。それに頬を染め、嬉しそうな顔をして微笑んでやる。嫁き遅れには甘い言葉をかけてやればいいと既婚の友人に言われたと聞いた。そうすれば浮気をしても捨てないでと縋り付いてくるようになると……類は友を呼ぶとはこの事かと感心した。


 夫に媚びを売りながらも私はダリウスを可愛がる事を止めなかった。人前で抱き締め、頭を撫でて褒め、アイコンタクトでやり取りをし、ふと目が合えば微笑み合った。それが面白くないのだろう、夫になる男はダリウスを解雇しろと言ってきたが断固として断った。


 夫となる男は愚か者だった。人目のあるところで堂々とマリーと逢瀬をし、噂になっても消すことなく放置。変わりに両親が火消しに奔走してる事にも気付かない。私は笑いながらその報告書をダリウスに渡した。義両親は息子の不貞を知っている。知っていて言葉で諌めるだけで放置。私と結婚すれば別れるだろうと短絡的に考えている、と。流石は愚か者の親だ。有難い。


 私は全てを知っていながら放置し、報告書という名の証拠を溜め込み来る日に備えて体を磨いた。もうすぐ、あと少しだけ我慢をすれば彼の子が産める。愛しいダリウスの子。私の唯一の夢、愛しいダリウスの子を産みたい。そのためなら関係なんてどうだっていい。……バレなければ、なんの問題もないのだから。


「ああ、ダリウス!私って本当に運が良いわ!」

「そうですね」

「まさか王命で無理やり結ばされた男が貴方と同じ色だなんて!」


 そう。ダリウスの本来の髪色は銀。しかも瞳まで似た色。天は私の事を愛しているとしか思えない。


「愛してるわダリウス。貴方は一生、私のものよ」

「私もリュキアを愛しています。私を生涯お傍において可愛がってください」


 気を利かせたミミが部屋から出て行ったのを横目にダリウスへ舌を伸ばす。いつものように満足するまで舌同士を絡め、中心を足で可愛がって果てさせる。真っ赤な顔を舐めてやるとうっとりと目を細めるのがとっても愛らしい。


 七ヶ月後。ようやく子が産まれた。私の子。可愛い可愛いダリウスとの子。銀髪に紅い瞳。私とダリウスの色で形成された愛しい子。


「……銀髪、だな」


 夫が苦々しく呟く。


「ええ。貴方の子ですから。勿論、契約通り認知はしなくて結構。子育てにも関わらないで下さい」

「実は、だな……その」

「マリーさんの子が金髪だった事ですか?それとも同時期にマリーさんが天秤にかけていた金髪男性をようやく認識した事?それともその男性が貴方の友人だった事?それとも両親がその子を跡取りと認めないと仰った事?私には全てどうでもいい事ですしそちらで勝手に話し合ってくださいませ」

「……君は全て知っているんだな」

「勿論です。そして、そんな事は産後の妻に話すべき事でないという一般常識も持ち合わせております。さあ、さっさと私の部屋から出ていきなさい、迷惑です」


 私が不快そうに目を細めれば、ダリウスが夫を促して退室させる。腕にいる我が子の耳は塞いでいた。あんな汚い言葉、分からないだろうけれども愛しい子に聞かせたくはない。ふくふくした頬をつつくと閉ざしていた瞼を持ち上げて私を見あげてくる。キラキラした私と同じ色の瞳が美しい。うっとりと眺めていると、いつの間にか傍に来ていたダリウスにそろそろ横になって下さいと手を差し出された。その手に我が子を預け、体を横たえる。まだ疲れの抜けない体は横になっただけで眠気が襲う。うつらうつらとダリウスと我が子を眺める。愛しい男が私の子を愛おしそうに抱いている。なんて幸せなんだろう。知らず、目尻から雫をこぼして眠りにつく。


 結局、跡取りは親戚の子を引き取る事にしたらしい。義両親と夫からは何度も私の子を跡取りにと乞われたが、契約通りこの子は夫の子ではないからと断固拒否した。事実ですし。


 私は毎日、幸せに過ごしている。たまにお忍びで訪れる両親に我が子を抱かせると、孫が可愛い!と大層喜ぶので私も嬉しくなり笑顔を向ければ幸せそうで安心したと笑って帰っていく。両親には初めてお忍びで訪れた時に真実を全て話している。とても驚いていたが、リュキアが幸せならそれでいいと笑い、ダリウスには娘をよろしく頼むと彼の手を握りながら伝えて中央の実家へと帰った。改めて、私は両親の元に産まれて良かったと実感した。


 数年後。跡取りとなった親戚の子を立てるため、私は家族とミミを連れて辺境伯家を出ることにした。悲しむ義両親を宥め、何時でも遊びに来てくださいと心にも無いことを言って離れを出る。新しい邸は辺境伯家からだいぶ遠い所を選んだ。そこは周りを木が囲い、静かではあっても利便性が悪くなかなか買い手が付かない難ありの邸だった。それを安く買い叩き、義両親に引っ越し代を出させて移り住んだ。


「ここなら貴方と声を気にすることなく睦み合えるわね」

「はい。嬉しいです、リュキア」


 素直に甘えてくるダリウスを抱き締め、目配せをする。察したミミは部屋を出ていき、ダリウスは私を抱き上げてソファへ座る。ダリウスの逞しい腿に横抱きのまま乗せられ至近距離で見つめられる。いいよと囁けば嬉しそうに口を合わせてくる。ダリウスは全ての物事に私の許可を求める。私が食べるなと言えばいつまでも食べないし、傍にいてと言えばいつまでも居る。本当に、可愛い。私だけの愛しいダーリン。


「そろそろ二人目が出来ても大丈夫かしら?」

「問題ないかと。ミミの子と偽る事も可能です」

「そうね、ミミの夫も見繕いましょうか。勿論、銀髪で緑の瞳よ」

「はい」


 この後の行為に期待している可愛い人の胸に頭を預け、少しだけ未来の事を考える。


 ここならいくらでもダリウスを可愛がれる。ミミには夫を用意。私の愛しい子にはそろそろ文字を教えましょう。義両親は常識的な方達だから訪問前に先触れが来る、問題ない。あとは、夫。……あの、熱っぽい目。あの目で私を見ていいのはダリウスだけ。許せない。それにあれは常識がない。先触れも寄越さずにいきなり訪ねてくるだろう。私とダリウスの邪魔をするに決まっている。……仕方ない、始末してしまいましょうか。


「リュキア?」

「ふふ。幸せね、ダーリン」

「はい」


 私の幸せの邪魔をする不届き者は皆、消してしまおう。名前も覚えていない夫なんて要らないし煩わしいだけ。まして、私に妻の役割を求める男なんて……死ねばいい。私より平民女を選ぶような愚か者のくせに私に触れようなど言語道断。それとなく両親に泣きついてみよう。ふふ、きっと私のために良いようにしてくれる。


「さあ、まずは湯浴みね」

「はい」


 私を横抱きにして立ち上がるダリウスの首に腕を回し、そのまま吸い付く。彼の首に赤い痕を幾つも作り、それを舌で舐める。ダリウスの口から微かに漏れる吐息に気分を良くして微笑む。


 幸せ、幸せ、これが私の最上。可愛いダリウスと可愛い我が子に囲まれて、死ぬまで笑って過ごすのよ。邪魔する奴は消せばいい。私にはそれが許されるの。権力のある両親に愛されていて、私の為に何でもする人がいて、よく躾けた使用人という名の奴隷もいる。


「子の名前は何にしましょうか」

「そうですね……長女はディアナですから近い名前はどうでしょうか?」

「あら、ディルクとかナディアとか?」

「幅が狭まってしまいますね」

「そうね。もっとたくさん考えましょう?時間ならたっぷりあるもの」

「はい」


 微笑み合う私達の子をあやすミミに目配せをし、二階の子供部屋へ向かわせる。これが近くにいるとダリウスは声を抑えようとしてしまう。邪魔。


「うふふ、こっちにも痕を付けましょうね」


 ダリウスの逞しい腹を撫でる。嬉しそうに頷くダリウスはとても可愛い。今日もたくさん愛してあげる。そして貴方もたくさんたくさん私を愛すのよ、ダーリン。

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