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地獄ライフは退屈だったので、死神(仮)として働くことにしました

作者: 西瓜めろん
掲載日:2025/11/11

「はあー 、ほんま気持ちええわあ。聞くと見るとは大違い、住めば都っちゅうのは、このことやねえ。あーーー、極楽、極楽」

 周りにおかまいなく大声で独り言を言いながら、湯につかってくつろいでいるカツ子であった。だが、カツ子が入っているのは、ただの温泉ではない。湯の中から、ぼこぼことわきあがる泡。ぐつぐつと煮えたぎる湯。ここは、地獄。カツ子は、熱湯地獄で持病の神経痛をいやしていた。

 カツ子がここに来たのは、二年前。買い物帰りに自転車で転んで、アスファルトに頭をぶつけて、気がついたら三途の川を渡っていたのだ。

 スーパーの安売り商品を買いすぎて、レジ袋を三つもハンドルにぶらさげたのがいけなかった。ちょっとよそ見したひょうしにバランスをくずして倒れてしまったのだ。まだまだ元気盛りの五十代、地獄(ここ)に来るのは早すぎる気もしたが、カツ子は、起きてしまったことは仕様が無いことと、現世に未練を残すことなく、地獄(ここ)の生活にもすぐになじんでいった。カツ子は、地獄(ここ)の生活を大いに楽しんでいた。 

 カツ子の場合、地獄での暮らしは、生前のイメージとずいぶん違っていた。血の池地獄は、体が生臭くなるのをがまんすれば、しわしわ、かさかさの肌が、しっとり、つやつや、はりのあるうるおいの美肌に変わる。針の山は、つぼマッサージ効果で、肩こり、腰痛によくきく。熱湯地獄は、温熱療法で神経痛にいい。そのほか焦熱地獄や寒冷地獄など、毎日いろんな地獄を体験して、五十数年間の浮き世の疲れをリフリッシュしていた。

 だがこれは、あくまでもカツ子の場合に限定されたもので、他の亡者たちは、地獄の責め苦にあい、命を削る思いを日々味わっていたのだ。といってもとっくに命はないのだが・・・。

 やれ、湯がぬるいだの熱すぎるだの、血のにおいが臭いだのと、言いたい放題、わがまま放題のカツ子に地獄の獄卒(おに)たちも、ほとほと手を焼いていた。

 そんなある日、熱湯風呂につかってゆったりとくつろいでいたカツ子の頭上から、ひらひらと紙切れが舞い降りてきた。何気なく手にとって見ると、それは臨時職員募集のちらしだった。

「スタッフ募集!初心者でも簡単にできる案内業務。資格・経験不問。採用期間中地獄の責め苦免除※生者不可」

「ここで、こうして日がな一日暇に過ごすのもええけど、ええかげん飽きてきたわ。気分転換に仕事でもしてみようかしら」

 ちょうど、地獄の生活に退屈していたカツ子は、暇つぶしに応募することにした。

 面接会場は、地獄にはふつりあいな鉄筋コンクリート製四階建てのしゃれたビルだった。 

 一階の案内所で用件を伝えると、三階の3524号室へ行くように言われた。

地獄(ここ)の作法はよう分からんけど、一応ノックしたほうがええかいな」

 カツ子がドアをノックしようとすると、ひとりでにドアが開いた。

「なんや、自動ドアかいな」

「どうぞ、お入りください」

「おじゃましまっせ」

 1脚の長机と2脚のパイプ椅子が置かれただけの殺風景な部屋。いかにも急ごしらえしたという感じだ。

 机の向こう側には髪をオールバックにした黒服の男が一人、座っていた。

「どうぞ、おかけください」

 男はカツ子を一瞥し、事務的に言った。

「ほな、失礼します」

「吉田カツ子さんですね」

 カツ子が名を名乗る前に男から問いかけられた。まるでカツ子が来ることが分かっていたような口ぶりだ。

「どうして、わての名を?」

 カツ子の問いなど無視して、男は話を進めた。

「さっそくですが、これから4階の事務所に行って、詳しい業務内容の説明を受けてください」

「えっ。ということは、採用ちゅうことでよろしいんやろか?」

「そうです。4階の4253号室に行ってください」

 急な話の展開に少し驚いたカツ子だったが、肝心なことを聞くことは忘れなかった。

「がめついように思われるかもしれへんけど、こういうことは、きっちりしといた方がお互いよろしいでっしゃろ。単刀直入にいいます。給金はなんぼもらえますのん?」

「現金は支給されません。ご存じだと思いますが、地獄(ここ)では現金など何の価値もありません。そのかわりに仕事の成果に応じてポイントが与えられます。ポイントを集めると様々なサービスを受けたり、お好きな商品と交換したりできます」

「なんや、スーパーのポイントカードみたいやなあ。ついでに、もう一つ、仕事の中身をもうちょっと詳しゅう教えてもらえまへんか」

「職務の詳細は、事務所で担当の者から説明がありますので、そちらでうかがってください」

 男のそっけない態度に、これ以上話をしても無駄だと思い、カツ子は4階に向かった。

 4階の事務所の前まで来ると、若い女性が部屋から出てきた。濃いめの派手な化粧、上下黒のスーツに白のブラウスという装いは、いかにも遣り手の外交販売員(セールスレディー)という印象を受けた。

「分かりやすい格好やなあ」

 そういうカツ子にしても、ヒョウ柄のセーターにヒョウ柄のパンツ。だれが見てもすぐに大阪のおばちゃんと分かる服装だった。

 事務所に入ったカツ子は、戸口近くの机でパソコンの画面を見つめ、せわしなくキーボードをたたいている女性に声をかけた。

「あのー、すんまへん。お忙しいところ、ちょっとよろしいか」

「ああ、吉田カツ子さんですね。そこのネームプレートを付けて、お待ち下さい。すぐに担当の者がまいります」 

女は、パソコンの画面から目をそらさずに答えた。カツ子が、テーブルの上に置かれていたネームプレートを首にかけて振り返ると、目の前に黒い背広の男が立っていた。

「うわっ」

「初めまして、ジョーカーといいます。これから一緒に仕事をさせていただくことになります。よろしく」

男は、ハットを脱ぎ軽く頭をさげた。

「いきなりでびっくりしましたがな。ご丁寧にどうも。吉田カツ子いいます。よろしゅうお願いします。ジョーカーさんでっか。なんや外国の人みたいでんな」

 カツ子は、不思議そうにジョーカーの顔をつくづくと眺めた。

「ジョーカーというのは、わたしのコードネームです。この職についたときから本名は捨てました」

 男はクールに言い放った。

「かっこええなあ。わてもそのコードなんとかちゅうのつけてもらえるんやろか」

「それは、ないでしょう。あなたはあくまでも臨時に採用されただけですから」

「なんや、そうかいな」

「立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」

 カツ子は部屋の奥のソファーに座ってジョーカーと話した。

「まず、簡単に仕事の内容を説明します。我々の仕事は、死者の魂を冥界に案内することです」

「それって、死神みたいやなあ」

「そうです。あなたは、死神の臨時職員として採用されました」

「へえー、そうやったん。そんなん、わたしにできるかしら」

「心配にはおよびません。一週間研修していただきます。その期間は、わたしがしっかりサポートさせていただきますから安心してください」

「せやけど、どうしてわたしのような素人の手がいるわけ?」

「最近大きな災害や事件・事故、戦争、自殺などで死者が急増して、死神(われわれ)の手がまわらなくなりまして。やむおえず、臨時に職員を採用することになったというわけです。他に何か質問は?」

「いえ、よろしいです」

「では、よろしくお願いします」

 その様子が、いかにも紳士的で死神の冷酷なイメージとは、ほど遠い感じだった。

「では、行きましょうか」

「行くって、どこへ?打ち合わせは、どないすんの?」

「習うよりなれよ。早く仕事を覚えるには、場数をふむのが何よりです」

 二人は部屋を出て、正面にあるエレベーターの前に立った。

「ネームプレートをここにあてると、エレベーターがやってきます」

 ジョーカーが、壁のパネルにネームプレートをあてると「チン」と音がして、エレベーターのドアが開いた。

「これは、地上との直通エレベーターにもなっています」

 二人が乗り込むと、ジョーカーは、携帯電話をポケットから取り出した。

「だれかに電話すんの?」

「いえ、これは情報端末です。これで死亡予定者リストを検索します。デスノートと言えばお分かりになるでしょう。少し前までは紙製のノートを使っていたのですが、今では地獄(ここ)も情報化されまして。この端末を使って担当区域内の死亡予定者、つまり対象者のコード番号を調べ、エレベーターのキーに入力します。やってみますか」

 ジョーカーが読み上げた数字のボタンを、カツ子が順に押していった。全部のコードを入力すると、エレベーターがわずかに振動し、上昇をはじめた。

「エレベーターが予定時刻通りに、地上の対象者のもとに我々を運んでくれます」


 カツ子とジョーカーは、とある町の道路の交差点に立っていた。

「これから、衝突事故が起きます。ほら来た、あの白い車」

 白い車が交差点の真ん中で、右折のウインカーを点滅させて停車した。前方の信号は青だが、対向車が途切れるのを待っているようだ。信号が青から黄に変わった。と同時に白い車が発進した。

 信号が赤に変わったにもかかわらず、対向車線から赤い車が猛スピードで交差点に進入してきた。

「ガッシャーーーン」

 耳をふさぎたくなるような大きな衝撃音が響きわたった。路肩に弾かれて助手席が、ぐちゃぐちゃにつぶれた白い車。おそらく助手席に乗っていた者は即死だろう。

 運転席から飛び出した母親が、助手席のドアにすがって、泣きながら我が子の名を呼んでいる。母親の隣には、白く透けた男の子が立っていた。

「おいで」

 死神が男の子の側に行き、手を差し出した。

「いやだー。ママー、ママー」

 男の子は、死神の手をふりはらって、母親にしがみつき泣き叫んだ。しかし、母親にその声は届かない。

「しようがないな」

 死神は苦笑いを浮かべながら、無理矢理男の子の手を引っ張った。

「ママー、ママー。ママといっしょにいるー」

 男の子は、その場から断固として動くまいと、地面に座り込んで抵抗した。

「無理矢理連れて行くなんて、かわいそうやない」

「このままこの子をここに残したら、この世をあてどもなくさまよい続けることになってしまいます。初めてのあなたには残酷に思えるかもしれませんが、今ここで、引導をわたして成仏させてやるのが、この子にとっても、母親にとっても一番いいことなのです。それが我々の仕事ですから」

 ジョーカーは、泣いている男の子の肩にそっと手をまわした。

「逝きましょうか」

 ジョーカーは小声でつぶやくと、男の子と一緒に地面に沈んでいった。カツ子も後を追った。男の子の亡骸にすがりついて泣き叫ぶ母親を残して・・・。


 一週間の研修期間が終わった。カツ子は、事務所でプリントアウトされた対象者リストを3まい受け取り、エレベーターに乗り込んだ。そして、一人目のコードを入力し、ついでにリストにも目を通した。

「西川綾香、自宅ベッドにて睡眠薬を多量に服用し死亡。享年三十三歳。自殺かあ。どんな事情があるか知らんけど、若いみそらで自殺するなんて、いややわあ」

 エレベーターが止まったのは、マンションの一室の前。

「なんや高級そうなマンションやがな。こんなええとこで暮らしてんのに、何が悲しゅうて自殺なんかするんかいな?」

 カツ子が部屋の中に入ったときには、綾香は、すでに睡眠薬を飲んでベッドに横たわっていた。

「こりゃあかん。もう死んでるんやろか」

 綾香の鼻先に手をもっていくと、わずかながら息が感じられた。

「よかった。まだ生きとるがな。死んだらあかんよ。しっかりしいや」

 大阪のおばちゃんらしく厚かましい反面、情にもろく世話好きなカツ子には、綾香を見殺しにすることなどできなかった。 

 綾香の体を揺り動かそうとしたカツ子の手が、綾香の体を通り抜けた。何度やっても同じ。綾香に触れることができない。

「どうなってんねん?」

 カツ子は、この状況をどうにもできない自分がもどかしかった。誰かに知らせるにしても、カツ子の声は届かない。

 部屋の中を見回したカツ子は、天井際の壁の火災報知器に目を留めた。

「このボタンを押したら、音が鳴るんやろうけど、押せるかいな?まあ、物は試し。だめもとでやってみよっ」

「ピー、ピー、ピー・・・」

 カツ子が報知器のボタンを押すと警報音がけたたましく鳴り出した。

「あれま、押せたがな。訳が分からんけど、まあええは」

「ドンドンドン」

 しばらくすると玄関ドアを叩く音が聞こえた。

「西川さん、西川さん。大丈夫ですか」

 応答がないのを確認し、切迫した事態と判断したマンションの管理人が、合い鍵で部屋のドアを開け、中に飛び込んできた。

 管理人が綾香に気づき、救急車を手配するのを見届けたカツ子は、安心して部屋を後にした。

 エレベーターに乗り、二人目のコードを入力した。エレベーターが、かすかな唸りを上げながら移動した。


夕方、仕事を終えて最寄りの駅から、アパートへ帰宅するOLの北山裕子。彼女の後をそっとつけていく黒い影。

 裕子が部屋のドアを開けたとき、裕子を押し倒しながら、黒い影が入ってきた。

「キャッ」と声を上げた裕子が顔を上げると、玄関にナイフを持った男が立っていた。裕子は、仰向けのまま、後ずさりしながら奥のキッチンへと逃げる。男が裕子に馬乗りになって、ナイフを振り上げた。

「何さらしとんねん。このぼけが!」

 カツ子が、側にあったフライパンで思い切りストーカー男の頭を殴りつけた。裕子の目には、棚にあったフライパンが、たまたまストーカー男の頭に落ちたように見えた。

 ストーカー男は横にふっとんだひょうしに、ナイフで自分の胸を刺してしまった。

「ほな、いこか。地獄は、この世よりもっとええとこやで」

 血を流して横たわる自分の体を見つめて、呆然とたたずむストーカー男の手をひいて、カツ子は床にしずんでいった。


 漆黒の闇を真っ赤に染めて、燃えさかる紅蓮の炎。大勢の野次馬が見守る中、消防隊の消火活動が続けられている。カツ子も我を忘れて、この炎の乱舞に見入っていた。しばらくすると、「ゴーーー」という地鳴りとともに建物が崩れ落ちた。

 はっと我に返ったカツ子だったが、時すでにおそし。この家の住人たちの魂は、青い燐光を放ちながら四方へ飛んでいってしまった。

「あちゃー。やってしもうた。魂に逃げられてしもうたわ」


 事務所に帰ってきたカツ子は、所長にこっぴどくしかられた。

「困りますねえ、初日からこうも失敗ばかりじゃ。結果的に一名の魂を導きましたが、そもそもこの方は、死亡予定者ではないんですからね。おかげでこっちは、死亡者変更届けを書くやら、帳簿を書き換えるやら、てんてこまいでしたよ。自殺者を助けたり、火事場見物にうつつをぬかしたり、どういうつもりなんですか、あなたは」

「はい・・・。すいません」

 初仕事で失敗を重ねたカツ子に弁解の余地などなかった。申し訳なさそうにうつむくカツ子。

「今回は、初めてということで目をつぶりましょう。もう一回だけチャンスをあげます。いいですか、これが最後ですよ。もし失敗したら、この仕事をやめていただきますからね」

 そう言って所長は、カツ子に一枚のリストを渡した。

 カツ子が、事務所から出てくると、エレベーターの前でジョーカーが待っていた。

「そのリストを渡してください。あなたには、この仕事をやっていただきます」

 ジョーカーは、カツ子のリストをさっとつまみ、別のリストと交換した。渡されたリストの名前を見たカツ子は、腰をぬかさんばかりに驚いた。

「どうするかは、あなた自信で決めてください」

 そう言うと、ジョーカーは姿を消した。


 カツ子は、川岸に立っていた。向こう岸に魚とりに来ている子どもが二人。一人の男の子が、網で魚をすくおうと腕をのばした。「ドブーン」男の子は、バランスをくずして川に落ちてしまった。

「たけちゃーん」

 もう一人の男の子が、川岸から叫ぶ。そして、どこかに駆けて行った。 

 水におぼれて、もがくたけちゃん。たけちゃんは、今にも水中に沈んでしまいそうだ。 

 そのとき、たけちゃんの目の前にペットボトルが流れてきた。たけちゃんは必死にペットボトルにしがみついた。

 そこへ、さっきの男の子が大人を連れてもどってきた。


 病院で両親と対面したたけちゃんは、二人にこんなことを話した。

「おばあちゃんが、ぼくを助けてくれたんだよ。おばあちゃんが、ペットボトルを渡してくれて、これにつかまりって言ったんだ」


「ジョーカーはん、最後に聞いてもよろしいか」

「なんなりと」

「あんたらはじめから、わてが来ることが分かってたんとちゃうん?名札も用意されていたし」

「お察しの通りです。あなたのように地獄(ここ)で悠然と過ごし、暇をもてあましているような方は他にいませんからね。毎日地獄の責め苦に苛まれ、身も心も疲弊している他の亡者の方々には、働くなんて思いもよらないでしょう。

 あなたほど面の皮が厚い、おっと失礼。肝の据わった方なら、死神(わたし)の仕事をうまくこなしていただけると思い、ああいう手段(ちらし)で勧誘させていただいたのですが。

 あなたには、この仕事が向いていなかったようです。あなたは優しすぎた。それに運命のいたずらとでも言いましょうか。幸か不幸か、あなたは、お孫さんの生殺与奪(せいさつよだつ)の権を手にした。おかげでこの仕事をやめていただくことになったのですが」

「わては、ジョーカーはんに仕事を世話してもろうて、よかった思っとるよ。久しぶりに孫にも会えたしなあ」


 カツ子は今日もお気に入りの熱湯風呂にのんびりとつかっていた。

「今度たけしに会えるのは、だいぶ先になったけど、まあ、かまへんわ。楽しみは後に残しといたほうがええからな」


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