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魔女は受け取る

 厨房から戻ったマリアはクリスの研究室でハンカチを手に、怒ったり泣いたり忙しかった。


「もう、どうして今まで救い出せなかったかしら。すごい苦労してるはずなのに、あの子ったら笑ってるの。健気すぎて涙が止まらないわ。それにあんな超特級の魔力を隠せるものなの? 今この国1番の魔女と言われる私がわからないって、あの城はどんな結界張ってんのよ」


 今なら本人の魔法で隠せるだろうが、幼い頃にもそれができたとは考えづらい。


「マリア様でもわからなかったのか」

「それにしてもめちゃくちゃ可愛いかった。あー早く抱きしめたい! それよりデザートをテーブルにすき間なく並べて食べさせたい!」

「彼女を最初に抱きしめるのは僕ですからね。そこは譲れません」

「あなた、それ真顔で言うのやめて。ところでそれは何を作ってるの?」

「これはロッテ専用の僕呼び出し笛。アクセサリーはまだ渡せないけど、これなら身につけてもらえる」

「名前は? あっ、やっぱり言わなくていい」

「『クリス参上!』ですよ。いいでしょ」

「ネーミングセンスがゼロよ」


 婚約者にいくらでも貢ぐタイプなのね。それも手作り。重すぎる愛でロッテちゃんに嫌われないといいけど。


「ところで例の魔道具作りは進んでいるの?」

「最後の難問が解決できそうなところまでは」

「難問?」

「動かすには最初だけ水属性の魔力をある程度の量を流す必要があるんです。僕は水が苦手なんだ」

「私も水は苦手。火の玉ならいくらでも出せるけど。水って案外少ないのよね」


 火ならば強い意志や怒りの感情を魔力に変えることができる。光はほぼ血統。大地から魔力を集める土は比較的多い。水は適性もあるが、己の体内の水を多く使うため魔力が豊富でないとすぐに命が尽きる。


 クリスが作っているのは人工降雨機。スイッチに魔力を注ぐと、周囲に適量の雨を降らせることができる。天候を操るのではなく、とてつもなく大きなジョーロで水を撒くイメージ。


「それが解決できそうなのはロッテちゃんなのかしら」

「ロッテだけでなく、彼女の持つ最強で万能の『竜木でできた木べら』があれば」

「木べら? それも竜木って国宝級じゃない。試験監督とアラン先生が変わった補助具を持った子が入ってきたって話していたのは、ロッテちゃんのことだったのね」

「そう。日曜日にここでデートする時に見せて貰う約束をしたから、このアメフラシ3号が完成するかもしれない」

「だからネーミング! 紫の雨は降らさないでよ」

「失礼な。降らせるのは綺麗な水ですよ」

「それと、研究室でご飯食べるだけをデートとは言いません。それにこの母代理が許しません!」


 不意にクリスの腕時計がピーと鳴り出した。ロッテの靴底にしかけた魔道具『追跡くん』が移動を知らせてくれた。


「うわぁ! 1人で外に出るなよ! 急がなくては! 失礼!」


 瞬く間にクリスが姿を消した。


 研究よりも今はロッテちゃんに夢中なのね。親しい者を作らず、いつも気むずかしい顔して、魔道具作りに没頭していた坊やが恋をして変わったみたい。でも追跡魔法はないわ。あとでこっそり靴回収しようかしら。替わりに可愛い靴を贈りたい。


「さて。お節介おばさんから2人に何かプレゼントしましょう」


 そう言ってマリアも姿を消した。


 ******


「明日も頼むよ。暗いから気をつけてお帰り」

「お疲れ様でした。また明日」


 ロッティは厨房の裏口でシェフに挨拶をして、寮へ続く坂道を歩き出して数歩。不意に目の前にクリスが現れた。


「ロッテ。夜道は危ない。僕が送るって言ったのに」

「大丈夫って言った」


 ロッティがベラ様をランプのように灯していた。ついでに簡易な結界も張ってある。急に野生動物が飛び出してきたら驚く。その拍子に爆発魔法でも放ったら大変だ。


「君が上級魔法が使えても心配なんだ。明日からは厨房から出る前に、この笛を吹いて」


 渡されたのは細い鎖のついた銀の笛。可愛らしい小鳥の形をしている。どれ試しに。ーーー。吹いても音は鳴らない。


「僕にしか聞こえない。常に首にかけて、困ったときは僕を呼んで。いつでも駆けつける」

「今の台詞。私だけでなく、他の女子にも笛渡して、言ってますか?」

「まさか。これはロッテだけ。えっ、焼き餅焼いてくれたの?」

「そんな訳ありません。みんなが一斉に鳴らしたらどうなるのかなって」


 それにしても騎士みたいな台詞だったとロッテが笑う。


「では姫君。寮までお供させてください」

「ふふ。騎士様、お願いします」

「ロッテ、メイド服も可愛いね」

「やっぱり送らなくていいです!」


 膨れるロッテに腕を差し出せば、気障だと笑うばかり。隣を歩く距離は拳1個分までに縮まった。もう少し!


******


 とうとう日曜日が来た。鍋洗いバイトを始めて4日。まだポーは見つからない。


 前夜、カウンターに並ばず裏口からランチボックスとデザートの入った箱を受けとるようにシェフに言われた。


(シェフのにやついた顔が気になったけど、もしかしておまけで肉が一切れ多いとか? ぐふふ。日曜日最高!)


 デザートの箱は2人分のランチボックスよりもやけに大きなものを渡されたが、受けとるのが初めてなのですごいな、楽しみくらいとしか思っていなかった。絶対に落とせない。両腕でそっと運んだ。


 5階に上ると、廊下にリリーがいるではないか。絡まれたら大変。気づかないふりをして通り過ぎよう。足早に横をすり抜ける。


「待ちなさい。地味女はどこへ行くのかしら」


 やっぱり素通りは無理だった。

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