魔女は厨房でバイトする
「クラウス、あなたどうしたの? 変装魔法がとれかけてるわよ」
学院長室で興奮気味に魔法石を机の上に並べているクリスの黒かった髪が、半分金色に戻っている。前髪を無造作に後ろに流し、綺麗な緑の瞳まで見せている。
「マリア様、これを見て。この前の魔力酔いの元だよ。こんな濃度の高い、純粋な魔法石は見たことがない」
「すごいわね。ちょっと待って。この魔力に覚えがある。私の亡くなった大親友のシルビアとすごく似ている」
「だろうね。シルビア様の忘れ形見がこの学院にいたんだ」
王家はシルビア王妃が亡くなった後、残された姫は病弱で王宮の奥深くで療養中と発表していた。王妃が亡くなる5歳までは姿が確認されているのに、その後誰も見た者がいない。マリアが親友の娘に一目会いたいと訪ねても門前払いされた。そして数年後には姫は死んだという噂まで流れてきたが、さすがにそれは信じなかった。
「あなたに真相を確かめて貰うため貴重な魔道具を餌にお見合いまで頼んだのに、結局会えずじまい。まさかここにいたなんて」
「それも、僕が魅了された<窓磨きの君>だったんだよ」
「ああ。窓に残された魔力で恋に落ちるなんてどうかと思ったけれど。確かにこれは惚れるわね。それでもう正体は明かしたの?」
「それが…」
F組に入学していたこと。あまり話をしたがらず、魔力をひた隠していること。ひどく痩せ細った体に質素な服。すり切れた靴は学生が履くようなものではないこと。マリー王女ともうまくいっていない様子。そしてまだ入学した理由を聞いていないこと。
「ロッテと名乗っているのね。辛い思いをしていたのかしら。すぐに保護したいけど、少し様子をみましょう。頼まなくてもあなたが彼女を守ってくれるでしょうし」
「もちろん。彼女は僕の婚約者となる人。それも初恋のね。全力でお守りしますよ」
「ふふ。シルビアの娘に会うためのお芝居だったけど、問題なしね。さて彼女を見に行ってくるわ」
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魔法石探し大会が笛の合図と同時に終了となった。優勝はSSS組の知らない学生。クリスは提出しなかったらしい。姿がみえないからもう研究室にでもこもっているのだろう。チョコは食べられなかったけど、靴が直ったからいいか。
ロッティは寮に一度戻り下級メイドの服に着替え、厨房の裏口に急いだ。ドアを開けると同時に四方八方から全身洗浄魔法をかけられた。
(清潔第一なのね。さすがだわ)
「うちはね、料理は下ごしらえから全て手作業。鍋磨きもそのつもりで」
魔法学院で魔法を使わずあえての手作り。シェフのこだわりがすごい。
「はい。もちろんです。鍋はこすりすぎず、優しく手洗いが基本ですね」
「あんた、若いのによくわかっているね。どこかで下働きでもしていたのかい? 専用の洗い場があるからそこで洗っておくれ」
シェフ自ら洗い場まで案内してくれた。仕事が終われば賄いを出してくれるという。カウンターで受け取るのもいいけど、賄いってなんだか魅力的。ポーと一緒に食べたいな。
「うーん。この中にポーはいないな。まだ厨房で出番待ちなのかな」
大小大きさの違う鍋やフライパンが山積み。仕方がない。全身に強化魔法をかけ、上から順に洗い始めた。
「手伝うよ」
「あら、あなたも下働き?」
「臨時だけどね」
声をかけられ、隣を見ると優しそうな中年女性が腰を下ろし鍋を手に取っていた。たわしでこすりだしたが、慣れていない様子。
「強くこすりすぎです。汚れはお湯で柔らかくしてから、傷をつけないよう優しくこするとすぐに落ちるわ。こうよ」
「あら、するっとはがれて気持ちいいわね。どこで覚えたのかしら?」
「祖母が住んでいた家です。今はそこに一人暮らしなので、なんでも自分でやらないと」
「女の子が1人で? 他に家族はいないの?」
「ええ。母は幼い頃に亡くなりました。他に家族はいません」
生まれ育った家では食べるために下級メイドをしていたこと。父と名乗る者はいるが、自分は認めていないから父とは呼んでいないこと。でも苦労したなどと思ったことはない。いつでも逃げ出せるし、仕返しもできるから。
「頑張ってきたのね」
温かな手で頭を優しくなぜられた。
(なぜかこの臨時さんには素直に答えてしまう。母がいたらこんな感じで一緒におしゃべりしていたのかしら。封印していた母への思慕が顔を出す。だめよ。思い出したら1人が辛くなる。誰かに甘えたいなんて思っちゃだめだ)
カラッと明るく答えるシャルロットに、変装したマリアは王宮へ火の玉を降らせるところだったが、思いとどまった。まだ聞きたいことがある。それによっては火の玉どころじゃない。国王を煮えたぎった油の中に入れるか、見せしめに磔もいい。それとも……。おっと、それどころじゃない。
「それでどうしてここへ?」
「デザートが食べたくて。日曜日が楽しみです」
デザートくらい毎日出させようか、それともシャルロットの部屋に匿名で届けさせようか。涙が出そうだ。
「それだけ?」
「あとちょっと人捜しに」
「知り合いがここにいるの?」
「実は人ではないんです。でも私にとっては家族同然の大事なものなんです」
「そう。早く見つかるといいわね」
もしや自分を頼ってきてくれたのかと思ったが違うのね。モノとはなんだろうか。
「ロッテちゃん、もう終わったかい? 賄いできたよ」
「2人で洗ったから早く…あれ?」
シェフが様子を見に来たのだが、名も聞かなかった臨時さんはもう居なくなっていた。
ep5 タイトル変更とほんの少し加筆いたしました。投稿後すぐの改稿申し訳ございません。
明日も投稿します。