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魔女はそれに気づかない

 きつい香水の臭いに鼻が痛くなる。顔を見なくてもあいつだとわかる。


「あら。地味地味同士でデートですの?」

「昼間からなんて事かしら。お取り込中だったみたいですよ」


 クスクスと下卑た笑い声をあげながら、マリーが取り巻きと知らない男子学生を引き連れて近づいてきた。


「地味女のくせに、入って早々男を誑かしていたのかしら。 地味男ならお似合いだけど」

「その木べらは何? 杖も買えない平民は娼婦の真似ごとでもしてお小遣い稼ぎ?」


 きゃぁー、汚らわしいとマリー達が笑う。


「黙れ」

「あら。頭でっかちの優等生でも怒るのね」


 クリスの杖からものすごい冷気が放たれそうになった。あれを喰らったらただでは済まないだろう。つい打ち消す魔法を唱えてしまった。それに気づいたクリスがため息をつく。


「マリー様、邪魔しちゃ悪いですよ」

「そうね。先生には黙っていてあげるから、見つけた石はこの袋に入れなさい」

「なぜ?」

「いいから出しなさいよ」


 取り巻き女子が袋の口を開けて催促する。


「まさか魔法国の王女様が、魔法石ひとつ見つけられないのかな?」

「王女が貴重な魔法を使ってまで、お遊びには付き合えないの」

「それで人のものをかすめようと。いいよ。どうぞ」

「なんですって! お父様に言ってあんた達なんか退学にしてやる!」

「お好きにどうぞ」


 クリスが灰色の石だけを袋に入れた。袋の中はどんよりと低級な魔力で満たされていく。それに気づかないマリー達。ロッティにはクリスが石に魔法をかけたのがわかった。


「マリー姫。僕が探すからもう行こう。SSSは変わり者だらけだ。関わらない方がいい」

「後で謝罪する気になっても、遅いわよ」


 山を登り始めたマリー達だが、何故か前に進まない。


「どうしたのかしら。これでは帰れないじゃないの」

「お待ちを。僕がなんとかしよう」


 上級魔法使いのようだが、下手に魔法を重ねがけしたせいで状況は悪化した。足下の土ごと下に流されていく。


「誰か止めて! 止まって! いやぁー!」

「姫! 僕の手に捕まって!」

「無理よ! あなたの手、脂でギトギトじゃない!」

「マリー様、助けて!」

「私に掴まらないで! ブギャー!」


 顔面から転んで泥まみれのマリー達の姿は麓に向かって消えて行った。


「ははは! マリーのあの間抜け顔! 久々に見たわ!」

「久々? ロッテは昨日入学したばかりだよね」

「えっ? そうだ、もう昼になるわね。食堂に行かなきゃ」


(昼は何かなー。クリスがもう聞いてこないから誤魔化せたわね)


 ロッティは足取りも軽く山を登り始めた。


 クリスは胸ポケットのめがねをかけると前髪をあげた。先を歩くロッテの髪はピンクブロンド。変装魔法か。振り向かせたいが今は我慢。こっちの正体をまだ知られるわけにはいかない。


(まさか、ロッテが探していた姫君だったとは。これは急いでマリア様に報告しないと)


「クリスさん、混み合う前に早く行こうよ」

「ああ。今日の昼はビーシチューだよ」

「やったぁ!」


 無邪気に笑うロッテ。どうしてここに入学したのだろう。訳ありとは思っていたけど。これは少し調べてみないといけない。


 とりあえず名前を呼んでもらえるようになった。次は『さん』なしになるまで、君を甘やかす。靴底に君がどこにいても見つかるよう、魔道具『追跡くん』を仕込んだ。もう逃さない。


 ******


 食堂は空いていた。まだみんな魔法石探しから戻ってきていないみたいだ。良い成績で卒業すれば、その先の仕事にも結婚にも大きく影響する。必死になるのは仕方がない。戻る途中でもモヤモヤを回収して、クリスの袋の中は虹色に埋め尽くされた。ロッティの袋は色とりどり。クラス替えする必要はないし、まだテストは受けていないから追試はない。単純に色集めを楽しんだ。


「熱々のビーフシチュー、すごく美味しい。お肉ほろほろ。タマネギはとろけてるのに、お芋はほくほく。人参も甘いわ」


 スプーンが止まらない。パンもちぎってシチューにつけて食べる。皿はピカピカになった。


「ロッテはいつも美味しそうに食べるね。家ではどんな食事だったの?」

「基本スープですね。たまにパスタとか。その前は1日1食だったし、ここでは3食美味しいものが食べられて幸せ」

「日曜のランチは肉料理と魚料理から選べる。どっちが好き?」

「お魚よりもお肉が好きです。どちらも滅多に食べられないから楽しみ。うちの鍋はあまり料理が得意じゃないみたいで」

「もしかして魔女鍋があるの? すごいな」

「……」

「何か気に障ること言ったかな」

「言ってない」


(美味しいものが食べられても、ポーがいないとやっぱり寂しい。味の薄いスープが恋しい。やっぱり料理は愛情だわ)


「ご馳走様でした」


 トレーを戻しに行くと、つい厨房をのぞき込んでしまう。ちょうどトレーを回収に来た恰幅の良いコックに声をかけられた。帽子の高さからここのシェフかしら。


「お嬢ちゃんは料理に興味あるの?」

「ビーフシチューすごく美味しかったです。どんな鍋で作ってのかなって。見せていただくことはできますか?」

「ごめんよ。関係者以外立ち入り禁止なんだ」

「私を鍋洗い担当で雇ってください! 掃除でもなんでもします!」

「本当かい? ちょうど下働きの子が辞めてしまってね。助かるよ。放課後裏口に来て。あとバイト料はあまり出せないがいいかい? その代わりに賄いを食べておくれ」

「お願いします! 頑張ります」


(後ろでクリスが何か呻いているが、無視。ポーに会えるかもしれない。早く放課後になれ)


「ロッテ。君は本気で言ってるの?」

「本気ですよ。こうみえて掃除も鍋磨きも得意中の得意です」

「だって君は……何でもない」


(何を言いかけたのかしら。筋肉ゼロの腕じゃ重たい鍋を持ち上げられないとでも言いたかったのかしら。大丈夫。こっそり自分に強化魔法をかけるからね)


「ロッテ。終わる頃に迎えに来る。寮に帰らずここに居るんだよ」

「どうしてですか? 仕事が終わればさっさと帰りますよ」

「掃除までしていたら夜になるだろう。夜道もだが、あの我が儘お姫様が何かしないか心配なんだ」

「大丈夫です。あんな低級に負けませんよ」


(ベラ様を見せても、クリスは迎えに来ると言い張る。心配性の人なんだ。それともただの暇人なのかな)


「日曜には研究室に行きますから。今日はもう解散です!」


(やっとポーに会えるかもしれない! 見つかれば寮には戻らずに庵に帰る。でも日曜にはデザートを食べに来よう。約束は守らないとね)

ここまでお読みいただきありがとうございます

明日も更新します。

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